ひめさまの帰還
コナユキに先導されて森の中を進む。
わたしたちを囲む木々の背が前よりも高くなっている。
大きく茂った葉の隙間から日差しが細かく落ちる中を、ちょっと抑えたスピードで走った。
わたしのすこし後ろを黒犬形態のガウルが音もなく付いてきている。
程なくして森の木々が大きく開け、その先に立派なお屋敷が現れた。
今までに泊まった貴族の館をひと回り小さくしたような造りだ。
立ち止まったコナユキの横に並んで観察したけど、やはり人の住む家のように見える。
「もしかして、これがコナユキの家?」
わたしが尋ねると、コナユキはこっくりと頷いた。
猫の王様のお屋敷は大きな木の中にあったけど、こっちは普通の建物のようだ。
「姫様!」
お屋敷の扉が開いて、老人が一人、ものすごいスピードで飛び出してきた。
「ひめさま?」
わたしの横でコナユキが顔を赤くするのが見えた。
考えてみれば彼女は里長の娘なんだから、たしかに姫様だ。
ちょっと戸惑う様子のコナユキの背中に手を掛けて、わたしたちはおじいさんの方に向かって歩いて行った。
「フブキ叔父さん……」
「姫様、心配いたしましたぞ!」
フブキ叔父さんと呼ばれた身なりの良い上品そうな老人は、見た目完全に人間だ。
人でないとするのならばそうとう変化が得意そうだった。
よく目をこらせば頭の上には立派な光の輪があって、大きさはコナユキよりも一回り小さい。
この光の感じからすると、この人も精霊なんだろう。
「その、勝手に出て行ってごめんなさい……」
コナユキが深々と頭を下げる。
「カザリという魔物の騎士から便りは届いておりましたが、前もってひと言お話をいただきたかったものです」
フブキという名のおじいさんがため息を吐きながらそう言ったけど、怒ったり呆れたりというよりも、やっと安心できたって感じの口調だった。
「そっか、カザリさんはちゃんと連絡を取ってたんだね」
わたしのつぶやきを聞いて、フブキさんがこちらに目をとめた。
「そちらの方は……結界の中に人間を招いたのですか?」
「え?」
いきなりわたしが人間だって事がバレた?
一瞬背筋に冷たい感触が走る。
今まで見抜かれたことは一度もなかったのに。
「あ、ちがうよ。カナエちゃんは今魔力を抑えてるから」
「そうだった」
わたしは簡単に挨拶すると、魔力を隠すのをやめて、頭の上の光の輪の回転を止める。
すると魔力が光の輪から周囲へ放射されていく。
最近は光の輪を静かに廻すことによって魔力を抑えるのが癖になってたけど、これが普通の状態だ。
「これは驚きました。とても大きな魔力をお持ちですな。扱いの方も実にお見事です」
「カナエちゃんは森の王に教えを受けてるからね」
なぜかコナユキが自慢げに胸を張った。
「なんと。では森の王の後継者ということでしょうか。それならばこの魔力も納得ですな」
「いや、訓練をつけてもらってるだけで、後継者とかじゃないですから」
「でも王様の代理で来てもらったんだよ」
「まあそれは確かに」
フブキさんがちょっといぶかしげな顔つきになる。
「代理、とは?」
「もちろんオーブの行方を探してもらうんだよ」
「なるほどそうでしたか。森の王には助言を賜るだけでなく、代理の方をわざわざこのような所まで派遣していただけるとは、感謝の念に堪えませぬ」
そうだった。
なんとなくコナユキを送るのが目的みたいになってたけど、猫の王様の課題は宝玉を見つけることだった。
とはいえ、こちらとしては神様のメダルの効果を確かめる方が優先なんだけど、どちらにしろ宝玉を見つけるってところは変わらない。
「やっぱりひめさまだ!」
「ひめさまかえってきた!」
突然森の方から声が聞こえたので振り返ると、木々の間から小さな狐が数匹まとめて飛び出してきた。
「おかえりなさいひめさま!」
「ほんとうにひめさまだ!」
「ひめさまぶじだった!」
「ひめさまひさしぶり!」
「ひめさまあそんで!」
さらにつづけて子狐たちが現れて、あっというまにコナユキの周りを取り囲んでしまった。
入れ替わり立ち替わり小さな身体を擦りつけて来て、コナユキが危うく転びそうになる。
そういえば、前世の世界でこんな妖怪の話を聞いたことがあった気がする。
なんだっけ。
確かスネコスリとかいう名前だ。
見えない妖怪が足にまとわりついて転ばせようとしてくるやつ。
しかし、コナユキはめちゃくちゃ子狐たちに懐かれてるな。
そもそも言葉をしゃべれる精霊の子供がこんなに沢山居ることに驚いた。
精霊が生まれるには二通りの方法があって、動物が長生きして魔力を得るか、既に精霊になった存在が子供を産むかのどちらかなんだよね。
精霊は長生きだから子供の方はあまり生まない。
実際、マゴット領の森では子供の精霊はほとんど見かけなかった。
こんなに沢山いるのは珍しいんじゃないかな。
「ちょっとみんな落ち着いて! また後で時間取るから今は屋敷に入らせて」
「ほんと? ひめさまあそんでくれる?」
「遊ぶ! 遊ぶから!」
「やった、ひめさまあそんでくれるって!」
「なにしてあそぶ? ひめさま!」
子狐たちはうれしそうにはしゃぎ始めて、さらにコナユキの身体にまとわりつき始めた。
まとめて身体によじ登られて、子狐まみれになっている。
「ちょっと待って! だから、後でね!」
なんとか言い聞かせて子狐たちを引き剥がすと、わたしたちはフブキさんの後について屋敷の中に入っていった。




