森の結界と神殿騎士
わたしとコナユキはカリーニ領主の城下町を抜け出して森の中を走っていた。
コナユキにとっては地元なので、特に迷うことなく木々の隙間を軽快に駆け抜けて行く。
わたしは頭の上の光の輪を静かに廻し、魔力で身体能力を強化した状態でついて行った。
イナリはいつも通りわたしの肩の上でマフラーみたいに首に巻き付いている。
しばらくそうやって走っていると、突然コナユキが立ち止まった。
いままでは獣道みたいなところを進んでいたけれど、その道は目の前で途切れていて、鬱蒼と葉を茂らせた低木の茂みが行く手を阻んでいる。
「もしかして道間違えた?」
わたしがそう声を掛けると、コナユキがふるふると頭を振った。
「さすがにわたしだって地元じゃ迷ったりしないよ。そうじゃなくて、ちょっと結界がね……」
「結界?」
目を凝らして辺りを見渡してみると、たしかにぼんやりとした魔力の気配がある。
コナユキは今まで抑えていた魔力を解放すると、右手を行き止まりの茂みの方に突き出す。
すると目の前の木々がコナユキの右手を避けるようにうねうねと動き始めた。
「へえ、こんな風になってるんだ」
木々が道を空けるように動いたのを見て、思わず声を上げてしまった。
マゴット領の森にある結界は人の感覚を惑わせるタイプだったけど、この森の結界は植物が道を塞いでいるらしい。
「これでうちの里の者じゃないと入れないようになってるんだよ」
そう言ってコナユキが茂みの中に足を踏み入れると、モーゼが海を割ったみたいに木々が左右に分かれて行った。
「これってわたしが入っても大丈夫なの?」
「一緒について来るんだったら問題ないよ」
ためしにコナユキの後に付いて茂みの中に入って見たけど、特に問題はなさそうだ。
そのまま二人で進んでいくと、わたしの背後で木々がうねうねと動いて、元のように道を閉ざしてしまった。
「これはなかなかすごいね」
「マゴット領にある森の結界の方がもっとすごいけどね」
「そうなの?」
魔力で木を動かす方が目くらましみたいな結界より高度な気がしたんだけど、そうでもないらしい。
「この結界はやろうと思えば強引に入ってこれるし。空を飛んでくる魔物とか防げないし。だけど、感覚を狂わす結界は誰も入れないよね」
「なるほどね。確かにそうかも」
空を見上げると背の高い木々のその上を鳥が数羽飛んでいくのが見えた。
「ねえ、誰もわたしたちの後を付いてきてたりしないよね」
なんとなく不安になって思わずそう言ってしまった。
考えすぎかもしれないけど、ちょっと心配していることがあった。
「うーん、そんな感じはしないけどな」
「そうかな。考えすぎかな」
コナユキの言葉を聞いてちょっとほっとした。
「考えすぎ。誰も尾行していない」
「はうっ!」
突然足下から声を掛けられて、二人揃って思わず飛び上がってしまった。
声の主は黒い毛並みの犬の姿をしていた。
「バウル! 気配消して近づくのやめてよ!」
「これがバウルの普通。諦める」
あいかわらずの素っ気ない態度だ。
このあいだ会ったときは怪我をしてたみたいだけど、今はそんな様子もないようだった。
もっともその時は人間形態だったから、簡単に比べられないのかもしれないけど。
「もしかして、ずっとわたしたちに付いてきてたの?」
「違う。バウルはこの森の見回りをしている。会ったのは偶然」
「なるほどね。じゃあ、ほんとに誰もいなかった?」
「いない。何故それほど警戒する」
「えっと、出掛けにちょっとね……」
そう答えて、自然とコナユキと眼を会わせてしまった。
実は今朝、カリーニ領主の館を出るときに、神殿騎士のウキグモさんと出くわしたのだった。
昨日のうちにアヤメお姉ちゃんにコナユキと街に行くって言っておいたので、今朝はリンドウが起きてくる前にこっそり館を出てきたんだけど、門を出たところで突然ウキグモさんに声を掛けられた。
「あらあら、お出かけですかぁ?」
全く気配を感じなかったので、わたしはあやうく変な声を出してしまうところだった。
「あ、どうも。おはようございます」
なるべく平静を装って、なんとかそう返した。
ウキグモさんはこてっと首を傾げると、わたしの背中に隠れるようにしているコナユキの方に細い眼を向けた。
「おはようございますぅ。そちらの方は初めましてかしら」
「あ、その、はじめましてです」
ビクビクしながらコナユキが小さな声で挨拶した。
「こんな朝早く、おふたりでどちらに?」
口調自体は世間話みたいだけど、なぜか詰問されている気持ちになる。
「えっと、この子に街を案内してもらう予定なんです」
「ああ、そうなんですかぁ。この街は交易が盛んで、市もにぎわいますからねぇ」
「良い機会だから、いろいろ見て回ろうかなって」
「ふふふ。それではいっぱい楽しんできてくださいねぇ」
わたしたちはウキグモさんにむかって軽く頭を下げると、早足にならないように気をつけながら、なるべく自然に見えるようにその場を離れたのだった。
その時は審問官のミツメさんはいなかったし、わたしもコナユキも魔力を抑えていたから、たぶん普通の人間だと思われてたはずだけど、なんとなく油断ならない感じがした。
一見、ウキグモさんの方がほんわかしていて優しそうだけど、もしかしたら結構くせ者なのかもしれない。
街を歩いているときも、森に向かうときも、なるべく周囲を警戒しながら歩いていたから、多分だれにも見つからなかったとは思うんだけど、どうしても不安がつきまとっていたのだった。
だから、こうしてバウルに誰もいないって言ってもらえたのはありがたかった。
いそがしくて投稿の間があいちゃってますが、そろそろ最初の話のクライマックスになるはずなのでペースを戻したいところです。




