神殿騎士と審問官
馬車に乗る前に、わたしはコナユキにひと声掛けておくことにした。
「コナユキ、前に話した気配を消すやつ、試した方が良いかもね」
「えっと、魔力を揺らさないようにするってやつだよね」
前にわたしが説明したときは、頭の上の光の輪を綺麗に廻すって言い方をしたんだけど、どうやらコナユキにはピンとこなかったらしい。
でも魔力を揺らさないようにするって方法で同じような効果を上げていた。
どうやら廻す速度をコントロールすることが出来ないらしい。
その辺りの感覚は個人差があるのかもしれない。
とはいえ、こちらがちょっと説明して、実際に目の前でやって見せただけで、コナユキはだいたい近いところまで再現できたんだから、実は結構得意分野なんじゃないかな。
そのうち回転速度の変化も出来るようになるのかもしれない。
「審問官とかいう人がいて、魔物とか精霊がいることを見抜くみたいだし、なるべく魔力が漏れないようにしておいた方が良いと思う」
「そうだね。あんまり長い時間維持したことないけど、なんとか頑張ってみる」
わたしたちは馬車に乗り込むと二人で並んで座ったまま、魔力のコントロールに意識を集中した。
肩の上に乗っているイナリに関しては、わたしが光の輪の回転を整えて気配を消すと、それに合わせる感じで魔力を抑えてくる。
考えてみれば、最初にわたしの頭の上にある光の輪を廻してくれたのはイナリなわけで、魔力の扱いに関してはコナユキよりもよっぽど上手だった。
「カナエ姉様? もしかして具合悪いんですか?」
わたしの正面に座っているリンドウが、心配そうな表情でわたしの顔を覗き込む。
「ううん、大丈夫だよ。ちょっと眠いだけだから」
「コナユキちゃんは眠っちゃってますね」
たぶん目を瞑ってるだけだろうけど、しばらくはこのまま放っておいた方が良さそうだ。
「まあ、このまま寝かせといてあげて?」
「わかりました。そういえば先程話を聞いたという神殿騎士のかたというのは、どこにいってしまったんでしょう」
「わからないけど、カリーニ様の館がある城下町の方に向かったのかも」
そうなのだ。
馬車に乗ってしばらくして、さっきアヤメお姉ちゃんが神殿騎士を見かけたという地点を通過したんだけど、その頃にはもう誰もいなくなっていたんだった。
たぶんこちらと同じ方向に進んだんだと思うから、わたしとコナユキはそのまま警戒を続けることにした。
そして夕方前には城下町に到着したのだった。
結局領主様の城館に着くまで、神殿騎士には出会わなかったんだけど、そこで意外なオチがつくことになる。
「それでは食事の前にご紹介しておきましょう」
そういって、カリーニ領の領主様が二人の女性を招き入れた。
領主の館の食堂は、交易が盛んな土地だけあって、見たことがない様式の絨毯が敷かれていて、なかなか豪華な感じだ。
中央には大きな長テーブルがあって、わたしたちはすでに勧められて椅子に座っている。
テーブルの向かい側にいくつか空席があって、食器も用意されていたから、誰かが来るんだろうと思っていたけどその通りだったらしい。
領主夫人とかお子さんとかが来るのかと思っていたら、紹介されたのはどうもそんな雰囲気とはかけ離れたタイプの人たちだった。
一人は長いトーガをまとった柔らかい雰囲気の大柄な女性で、細い眼が笑っているみたいに見える人だ。
もう一人は対照的に不健康に痩せた感じの人で、部屋の中なのにローブのフードを目深にかぶっている。
良く顔は見えないけど、こちらも女の人のようだった。
「この方はわたしの館に滞在されている神殿騎士のウキグモ様。それと審問官のミツメ様です」
「初めまして。マゴット領領主の娘、アヤメ・マゴットと申します」
お姉ちゃんが如才なく挨拶をして、それに続いてわたしとリンドウも名乗ることになった。
まさかここで神殿騎士の一行と出くわすとは思ってなかったけど、コナユキがここにいなかったのは幸いだ。
先程の紹介によると、優しそうな雰囲気のお姉さんが神殿騎士のウキグモさん。痩せたフードの人が審問官のミツメさんらしい。
「ご丁寧にありがとうございますう。皆様に神の恩寵がありますことをお祈り申し上げますわあ」
ウキグモさんの口調はのんびりしてて温和な感じだけど、バウルにいきなり斬りかかったって話だから油断は出来ない。
「ほら、ミツメちゃんもちゃんと挨拶してね」
「どうも……」
審問官のミツメさんはぼそっとそれだけ言うと押し黙ってしまう。
「あらあら、他に言うことはないのかしらねえ。ごめんなさい。この子ちょっと人見知りで。あと身体が弱いから、フードを被ったままで失礼させていただいちゃうんですけどよろしいかしら」
ウキグモさんがいかにも困ったって感じに、頭を傾げて頬に手を当てる。
「もちろん、構いませんよ。お大事になさってください」
「そこの君」
そう言って、ミツメさんがローブの中の眼をぎょろりと光らせた。
「結構魔力あるね」
「えっと……」
彼女の視線がわたしたちに向いていたので、リンドウと顔を見合わせる。
これは多分……。
「あの、わたしのことでしょうか?」
リンドウがおずおずと言葉を返すと、ミツメさんが無言で小さく頷いた。
「でしたら、カナエ姉様も魔力を持っていると思うのですが」
「横の君はそうでもない」
ぼそっとした声で切り捨てられてしまった。
実はバウルと別れてからずっと魔力を抑えていたので、カナエよりも力が弱いと思われたようだ。
審問官の眼力がそれを見通すほどでなかったのは助かった。
これだったら、もしコナユキを見られたとしても、精霊だとは思われないだろう。
「あの、えっと、そうですか」
リンドウはミツメさんの答えを聞いて、ちょっとしょぼんとしている。
尊敬されるお姉様の座がちょっと危うくなったかもしれないが、ここで面倒ごとになるよりはましだった。
「さあ、神殿騎士の皆様もお座りになってください。すぐに食事を運ばせましょう」
カリーニ様が朗らかにそう言って全員を席に着かせると、食事自体は和やかな雰囲気のまま進み、特に問題もなく晩餐の時は過ぎていった。
ちょっと忙しくて間が開いちゃいました。今週はまだなんとかなりそうです。




