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見覚えのある行き倒れ

 コナユキの住む集落はシモフリヌマにほど近い森の中にある。

 その森はカリーニ領の中にあって、領主の住むお屋敷からはそれほど離れてはいないらしい。

 カリーニ領の城下町はサルトゥス領のものほど栄えてはいないみたいだけど、それでもマゴット領に比べればよっぽど都会だって話だった。

 この領からさらに西に行くと山脈があって、そこが国境になってるから、商人の行き来があったりして物流の要所になっているんだろう。


「ちょっと馬車を止めるよ!」


 チドリお姉ちゃんが馬を馬車に横付けして、大きな声でわたしたちに言った。

 御者をしているアカヤナギが馬車を街道の脇に止める。

 わたしが馬車の窓から前を見ると、お姉ちゃんが馬から下りて小走りに前へ行く姿が見えた。


「ねえカナエちゃん、何がどうしたの?」


 隣に座るコナユキに問いかけられながら、わたしは街道の先に目を凝らす。


「うーん、なんか人が倒れてるみたい」

「何かあったのかな?」

「そうだね……いや、なんだろ」


 女の人が一人、街道脇の木に寄りかかるような感じで倒れている。

 でも、何か気になる。

 目を凝らすと、その頭の上に見覚えのある光の輪が見える。


「ちょっと行ってくる」


 わたしは馬車のドアを押し開けて街道の石畳の上に飛び降りた。

 自分の水筒と、念のため短刀を腰に差す。


「待って、カナエちゃん」


 わたしを追ってコナユキもやって来た。

 リンドウも出てこようとしたみたいだけど、アオムラサキに止められてしまったようだ。

 まあ、わたしとしてはその方が都合が良さそうだ。

 足早にお姉ちゃんの方に近づくと、倒れている女の人の姿がはっきりと見えた。


「なに、カナエ来ちゃったの?」


 こっちを見てアヤメお姉ちゃんが軽く苦笑している。


「その人、具合がわるいの? 一応水筒持ってきたけど」

「ああ、ありがとう。気が利くね」


 わたしが水筒を持って女の人に近づくと、その人は目を瞑ってぐったりしていて、どうやら怪我をしているらしいことがわかる。

 服装だけ見るとこの辺に住んでいる人なのかなって感じだ。

 よく見ると、服の肩あたりが少し裂けていて、血がにじんでいた。

 お姉ちゃんは傷口をあらためてから、手際よく布を巻いて止血をしていく。


「コナユキ」


 わたしは抑えた声で呼びかけて、お姉ちゃんから見えないようにして、女の人を指さす。


「あっ」


 ようやくコナユキも女の人の正体に気づいて声を上げた。

 その声を聞いてアヤメお姉ちゃんが振り向く。


「もしかして、コナユキちゃんの知り合い?」

「えっと、その……はい……」


 焦ってしどろもどろになりながら、コナユキが答えた。

 すると女の人がゆっくりと眼を開いた。

 黒曜石のような瞳が、長い黒髪に似合っている。

 一見すると、いいとこのお嬢さんみたいな感じだった。

 でも、わたしは知っている。

 この光の輪の大きさと不気味な色合いは、バウルだ。

 たぶん、あの黒い犬の魔物が人に変化しているんだろう。


「何があったのか、教えてもらえるかな?」


 お姉ちゃんが優しげな声で黒髪の女性に話しかけた。


「街道の先に、乱暴な、神殿騎士が」


 怪我をしてるせいか、言葉は切れ切れだったけど、いつも通りの冷静かつ平板な口調だった。


「神殿騎士?」

「うん、それは災難でしたね。神殿騎士の中には粗暴な者もいるそうですから」


 お姉ちゃんはそう言って立ち上がると、街道の先を見た。

 多少人通りはあるけど、特に騒動になってる風でもなさそうだ。


「わたしたちがこの人を見てるから、お姉ちゃんは様子を見てきたら?」

「そうだね。じゃあ、カナエはその人に水を飲ませてあげてくれるかな」

「わかった」


 わたしが頷くと、お姉ちゃんは身軽な動きで馬に跨がると、街道の方に駆けて行ってしまった。

 お姉ちゃんが居なくなったのを確認してから、わたしは黒髪の女の人を見た。


「バウルって、人に変化するとそんな美人さんになるんだね」

「人の姿を取るのは非常事態。普段はやらない」


 見た目はクールな黒髪美人だけど、平坦な口調はいつものバウルだった。


「さっき言ってた神殿騎士って本当?」

「事実。それだけでなく、審問官もいて厄介」

「審問官?」


 聴いたことがない役職だ。

 ただ、神殿騎士の方は知っている。

 その名の通り、神殿に所属している騎士で、領でも国でもなく神殿にだけ忠誠を誓っているらしい。

 しかも、猫の王様に聞いた話では、神殿は魔王と約定を結ばなかったから、どんな魔物でも容赦しないらしい。

 その上、精霊の存在も認めていないんだとか。


「審問官は魔物を見分ける。精霊も同じ」

「もしかして、バウルのことも見破ったの?」


 バウルは気配を消すのが得意だったはずだ。

 それでも見つかったんだったら相当な能力だろう。


「様子を見るために気配を消して近づいたら斬られた」

「その格好で近づいたの?」

「いつもの犬の姿だった。逃げた後、眼を欺くために人に変化した」


 なるほど。

 人の姿をとっていたら、もしかしたら魔力のある人間だと思われたかもしれない。


「じゃあ、わたしとコナユキは大丈夫かな」

「わからない。なるべく姿を見せない方が良い」


 そういうと、バウルはスックと立ち上がった。


「警告はした。バウルはもう立ち去る」

「えっと、もう動いても大丈夫なの?」


 コナユキが心配そうにバウルの肩を見る。

 出血自体はたいしたことがないように思えるけど、変化した状態での魔物の身体がどうなっているのかわからないので、実際の所はなんともいえない。


「問題ない」

「そういえば、もうコナユキの里には行ったの」

「行った。必要なことは伝達済み」


 そう言うと、バウルは街道から外れる小道の方に向かって歩き去ってしまった。

 特にこちらを振り向くでもなく、あっさりとしたものだ。

 それから暫くして、やっとアヤメお姉ちゃんが戻ってきた。


「あれ、さっきの女の人は?」

「えっと、なんか元気になったみたいで、帰っていったけど」


 わたしがそういうと、お姉ちゃんは心配げな表情を浮かべた。


「傷は浅かったけど、あの人、大丈夫なのかな」

「心が落ち着いたら、それほど怪我は酷くなかったって気づいたみたいだよ」

「そういえば、コナユキちゃんの知り合いなんだよね」


 これについては聞かれると思って答えを取り決めてある。


「えっと、あれは里の人だよ。わたしが帰ってきたことを伝えてってお願いしたから、明日行く領主様のお屋敷の方に家から迎えが来てくれると思う」

「そうか。うん。それなら良かったね」


 アヤメお姉ちゃんは納得したように頷いた。


「そういえば、乱暴な神殿騎士っていうのはいたの?」


 わたしが訊くと、お姉ちゃんは腕を組んでちょっと眉をひそめた。


「神殿騎士らしき人たちはいたけど、別に剣呑な雰囲気とかではなかったかな」

「でも、なんだか怖いね」


 見つかって面倒ごとになるのも嫌だから、わたしとコナユキは馬車にこもってやり過ごすことにした。

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