ふたりで街で散策したりすると突然の犬
お屋敷で朝食をいただいた後、わたしとコナユキは街に散策に出かけた。
いつものようにイナリもマフラー状態で肩の上に乗っかっている。
リンドウも一緒について行きたがったけど、さすがに小さすぎるって理由で屋敷でお留守番になった。
ただそれをかわいそうに思ったのか、午後にはちょっとだけアオムラサキが一緒に連れて出かけることにしたらしい。
わたしたちは丘の上にあるお屋敷を出ると、石畳の道を通って街の方に降りていった。
今までは地元の小さな村しか見たことがなかったので、大きな街は城塞都市みたいな壁で囲まれているのかと思ったけど、壁があるのは領主のお屋敷のまわりだけで、街は丘の上のお屋敷を取り巻くようにそのまま広がっている。
石造りの建物が多くて、上下水道も作られているしっかりとした街だ。
前世で見た映画に出てくるリアルな中世の街は汚物にまみれて不潔な感じだったけど、この街はそんなこともないし、そもそもこの世界全体が中世的とはいえガラス窓とかも一般的でかなり発展しているようだった。
考えてみれば魔物がいたり魔法があったりするわけで、単純に前世の歴史と照らし合わせるってわけにもいかなだろうけど、もしかしたらこの世界にもルネッサンスが近いのかもしれない。
「わ、わ、見てよカナエちゃん。屋台が沢山あるよ!」
コナユキがおのぼりさんみたいにキョロキョロあたりを見回しながらわたしの服を引っ張る。
「コナユキは前にもこの街に来たんじゃないの?」
「あの時は街の端の方の宿に泊まっただけだし、買い物はカザリさんがひとりで行って、わたしはお留守番だったから……」
そう言いながら屋台の方に向かっていくコナユキを追いかけると、いろいろな香辛料の混ざった匂いとか、お肉の焼ける匂いとかが漂ってきた。
さっそくコナユキは串焼きの屋台を覗き込んでいる。
「さっき朝ご飯食べたばっかりじゃない」
「そうだけど、でも気になるよね!」
「クルッ」
あまりにも楽しそうな声を出すので、無意識に耳とか尻尾とか出してないかちょっと心配になる。
そう考えると、魔物の女騎士がコナユキをお留守番させた気持ちがわかるような気がした。
結局、屋台の誘惑に耐えきれず、コナユキは串焼きをわたしはミートパイを買ってしまった。
ミートパイは全部食べ切れそうになかったので、イナリと分けて食べることにする。
はぐれないように二人手を繋いで、屋台を眺めながら人混みの中を進むと、大きめの寺院の前に出た。
前世のイメージでいうとヨーロッパの教会というよりはモスクみたいな形をした建物で、巡礼者らしき人たちが頻繁に出入りしている。
「わっ、ここも人でいっぱいだよ」
「うーん、なかなか立派な寺院だね」
感心して建物を眺めていると、道の真ん中に真っ黒い犬が一匹座っているのに気がついた。
人通りが激しい中を、まるで気にもしないでのんきに座り込んでいる。
普通だったら人にぶつかったり踏みつけられたりしそうなものだけど、みんな当たり前みたいに避けていく。
その動きにちょっと違和感があった。
「クルッ」
首の周りで丸まっていたイナリが鋭くひと声鳴いた。
「え、なに? なんなの?」
コナユキがキョロキョロと辺りを見回す。
わたしは黒い犬をじっと見詰めた。
その頭の上に、不気味な濁った色の光の輪が見える。
「犬だ」
「えっ、犬?」
コナユキがびくって震えて、わたしの背中に飛びついた。
「あの、道の真ん中に座り込んでる犬」
「ほんとだ、全然気づかなかったけど、魔物だよ、あれ」
「キュッ」
幸いここからはまだ距離がある。
魔物はこちらには気づいていないようだった。
「どうする?」
「あっち行こう」
わたしはコナユキの手を引いて、犬の魔物から死角になるように建物の影に隠れた。
「あれ、何してるんだと思う?」
「え、なんだろ、ただ座ってるだけに見えるけど、でもわざわざ気配を消してるみたいだね」
「人通りの多いところにずっと座ってるってことは、何か探してるんじゃない?」
「だったら見つからない方が良いかも」
「クルッ」
「あ、動いた」
道の真ん中に座り込んでいた黒い犬の魔物は、突然スクッと起き上がると人混みの中に入っていく。
「追いかけよう」
「あ、ちょっとまって、カナエちゃん」
わたしは早足で黒い犬が入った道に向かった。
この混雑の中だとすぐに姿を見失うかと思ったけど、時折人混みの隙間から紫色の光が漏れてきて、そちらに魔物がいるのがわかる。
追いついてきたコナユキとはぐれないように手を握って進んだ。
見失わないように、でもこちらが見つからないように、注意して距離を取る。
暫く進むと、黒い犬の魔物は建物の隙間の細い道にスッと入っていった。
「どうする、カナエちゃん。人通りのない方に行っちゃったよ」
「ここまで来たんだし、追いかけよう」
武器は持ってないけど、多少の荒事だったらたぶんなんとかなる。
建物の角から頭だけ出して路地を覗き込むと、黒い影がさらに道を曲がっていったのが見えた。
コナユキと顔を見合わせてから、わたしたちは意を決して細い路地に足を踏み入れた。




