早朝とコナユキとグイグイ来る犬たち
街に辿り着くと、わたしたち姉妹は領主の館に招かれてもてなしを受けた。
初めて会ったサルトゥス家の領主様は立派な人だった。
アヤメお姉ちゃんは次期領主として挨拶し、サルトゥス様もそれを受けて、対等の立場の者として扱ってくれた。
実際には、領の大きさも栄え方もサルトゥス領の方がずいぶんと上だ。
でも、領主様はそんなことは微塵も考えていないように振る舞っていた。
館に入ってからは、チドリさんを見ていない。
食事に招かれた時もテーブルにチドリさんは座っていなくて、アヤメお姉ちゃんがそれを尋ねると、修業の為に家を出ているのだという話だった。
久しぶりに立派な食事を取って柔らかいベッドに横たわったら、あっという間に眠りに落ちて早朝にはすっかり目が覚めてしまった。
カーテンの隙間からうっすらと光が入ってきている。
わたしが寝返りを打つと、枕の横でイナリが長い身体を丸めて眠っていた。
細長栗鼠は一見フェレットみたいに見えるけどそれよりもっと体長があって、尻尾も含めるとかなりの長さなので、前世で言えば蚊取り線香というか、ゼンマイみたいにぐるぐる巻きになっている。
ゼンマイの中心部に頭があって、その頬をそっと指先でくすぐると、イナリは瞼をプルプルさせながらかわいらしくクシャミをした。
そのまま頭を撫でていると、眠ったままでもくすぐったかったのか、首をひねって耳の間をシーツに擦りつけている。
しばらくそうやってイナリを愛でていると、やっと眠たそうな目を開いた。
「おはよう、イナリ」
「クルゥ」
短い前足で顔を擦りながら、イナリが返事を返してくれた。
今日はコナユキと街に出る約束をしている。
寝間着を脱いで昨日用意しておいた服に着替えると、手早く身支度を調えてからコナユキに宛がわれた客間へ行く。
「コナユキ、起きてる?」
わたしがノックしながら呼びかけると、部屋の中からガタガタと大きな音が聞こえた。
もしかしたら、ベッドから落ちたのかもしれない。
マフラーみたいにわたしの首に巻き付いているイナリの顎下を、指先でコリコリ撫でながら待っていると、暫くしてようやく目の前のドアが開いた。
「カナエちゃん、おはよ」
服装は一応整ってたけど、コナユキの髪の毛には寝癖が付いている。
さすがにもう慣れたのか、寝起きでも耳や尻尾は出ていない。
「はい、コナユキ。部屋に戻って戻って」
「え、なに? なんなの?」
わたしはコナユキをベッドに座らせると、サイドテーブルのボウルに入った水でタオルを濡らし、髪の毛を湿らせてやる。
充分湿ったところで櫛を通すと、髪質が良いのか寝癖はあっさりと消えた。
「ねえ、カナエちゃん。朝食まではまだ結構時間あるよね。せっかく良いベッドで寝られるんだし、もうちょっとゴロゴロしてたいんだけど」
「うーん、それはそうかもだけど、ちょっと館の周りを散歩してみたいんだよね」
「散歩?」
「まあ、昨日はここに着いた時間が遅くてよく見られなかったから、なんていうか、探索?」
わたしがそういうと、コナユキはすぐに真面目な顔になった。
「もしかして、魔物を警戒してるの?」
「まあね。昨日のはどうにも不自然な感じだったから」
それから二人で部屋を出て、階段を降りると一階のホールに出た。
吹き抜けになっている立派なホールには高い位置に窓があって、そこから朝の日差しが差し込んでいる。
両開きの扉を開けて外に出ると、使用人たちが朝の支度をするためにせわしなく動き回っているのが見えた。
使用人たちの邪魔にならないように気をつけながら、コナユキと二人で屋敷の周りをひと回りすることにした。
そろそろ春も近いはずだけど、朝の空気はまだ冷たくて、わたしたちの吐く息は白い。
屋敷の横にある台所らしき建物の脇を抜けて裏手に回ると、馬小屋と家畜小屋が見えた。
「クルッ」
イナリがひと声鳴いて、わたしの首筋に顔を擦りつけてくる。
そのまま目を閉じて丸まったなら、だいたい面倒ごとを避けるためにマフラーのふりをしたいって時だ。
「ワォンワフン!」
家畜小屋の前にいた犬が二匹、軽快な動きで走り寄ってきた。
短い毛の精悍な体つきをした大型犬で、特に威嚇してるって感じではないから、別に危険はなさそうだった。
「はうっ!」
一方、コナユキはビクッと身体を震わせると、素早くわたしの身体の影に隠れた。
犬の首輪には長めのリードがついていて、こちらから二メートルくらい手前で突進が止まった。
二匹は飛び跳ねるように身体の位置を入れ替えながら、なんとかこちらに近づこうとしている。
短い尻尾をやたら激しく振っているので、ちょっと撫でてあげようかなと思って一歩前に出ると、コナユキがわたしの服をギュッと掴んだ。
「もしかして、コナユキって犬苦手なの?」
「ううん、苦手ってわけじゃないけど……」
「ワォンワフワゥ!」
「はうっ」
わたしの背後でコナユキがまたビクッと身体を震わせた。
「やっぱり苦手なんじゃない。でも、白狼達とは普通に接してたよね?」
「あの狼さんは紳士だから。それに、ほとんど精霊と変わらないし」
「ここの犬は紳士じゃないの?」
パッと見た感じでは、元気は良いけど特に乱暴そうにも思えない。
こちらが触っても噛みついたりとかはしなさそうだ。
「そうかもだけど、犬のひとはテンションが高すぎて、ちょっと……」
「テンションって……」
確かにかなり激しく尻尾を振っていて、近づいたらこちらの服に前足をかけて来たり顔を舐めてきたりしそうではある。
もしかしたら、イナリも犬のテンションの高さについて行けないから、マフラー状態で寝たふりをしているんだろうか。
仕方がないので、わたしはコナユキをこの場に残して、ひとりで二匹の犬に近づいた。
確かにテンション高かったけど、撫でてやるとすごくうれしそうにしてくれた。
しばらく犬に構ってあげてから、屋敷の周りを半周して元の入り口まで戻った。
注意深くあたりを観察しながら見て回ったものの、特に異常は見つからなかった。




