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戦いの後、能力ごまかし祭り

 素早く周囲を確認してもう魔物がいないことを確かめる。

 それから、同じようにあたりを見回していたアヤメお姉ちゃんの所に行って、手に持っていた長剣を差し出した。


「はい、お姉ちゃんの剣」

「ありがとう、カナエ」


 ちょっと虚を突かれた顔をしてお姉ちゃんが剣を受け取ると、慣れた動きでスルリと鞘に収めた。


「これ、カナエがやったんだよね」


 視線の先にはわたしが斬った魔物の残骸がある。

 まずいかもしれない。

 普段の稽古では実は本気を出していないっていうのがばれてしまう。

 いつもは元々の身体能力だけで剣の稽古をしてるから知られてないけど、魔力で身体能力を底上げすると飛躍的に強くなってしまうのだ。

 さすがにそれが知られるとまずいので、普段は魔力を使わないようにしている。


「えっと、まあ、そうだけど」

「今回は助かったけど、でも、離れてって言ったんだから、こんなことしちゃ駄目だよ」


 アヤメお姉ちゃんはそういうとわたしの頭に手を置いた。

 確かにあの時、離れてって言われたんだった。

 でも、お姉ちゃんが危ないと思って、つい割って入ってしまった。


「ごめんなさい……」

「わかったんならいいよ。次からは気をつけてね」


 わたしが俯くと、やさしく頭を撫でられた。

 予想に反して、どうしてあんなことが出来たのかは訊かれなかった。

 もしかしたら、角度的にわたしの動きが視界に入らなかったのかもしれない。

 わたしがチドリさんの方を見ると、彼女は手で鎧の埃を払いながらなんだか微妙な顔でこちらを見ていた。


「アヤメ、あなた手加減してたでしょう」

「え、してないよ?」


 お姉ちゃんはしれっとそう言ったけど、魔物が現れてからの素早く鋭い動きを見れば、その直前までは手を抜いてたのがはっきりとわかる。

 チドリさんはしばらくアヤメお姉ちゃんを睨んでいたけど、あきらめたのかフイッと視線を外した。


「今回の勝負は中止ってことにする」

「まあ、それがいいね」

「決着はまたの機会にするから」


 そう言うと、チドリさんは繋いでいた馬の方に歩き去って行く。

 そこでは従者らしき人が、心配そうな表情で彼女を待っていた。

 わたしとお姉ちゃんも馬車の方に戻ると、リンドウがこちらに駆け寄ってくる。


「アヤメ姉様! カナエ姉様!」


 こっちも凄く心配したっていうのがわかる表情だ。

 リンドウの顔がまだ青ざめている。


「みんな、大丈夫だった?」

「それはこちらの台詞です! 姉様達は大丈夫ですか? お怪我とかありませんか?」

「問題ないよ。心配させてごめんね」


 お姉ちゃんが優しくそう言うと、リンドウはやっと安心したかのように長く息を吐いた。


「ほんとうに良かったです。いきなりあんなことになって、すごくびっくりしました」

「クルッ」


 イナリがわたしの肩からリンドウの肩に飛び移って、頬に鼻先を擦りつけた。


「ふふっ。イナリちゃんも無事で良かったです」

「クルッ」

「それにしても驚きました」


 リンドウの後ろに立っていたアオムラサキが、全然驚いてないような冷静な声で言った。


「そうだね。こんな街の近くでいきなり魔物が襲いかかってくるなんて」

「いえ、そのことについても驚きましたが、そうではなく、カナエ様の剣術のことです」

「そうでした! 姉様すごかったです!」

「え、いや、そんなことないんじゃないかな……」


 これはまずい流れだ。


「アヤメ様からは見えなかったかもしれませんが、とても素早く洗練された動きでした。正直言って十歳の少女のものとは信じられません」

「ふうん」


 思った以上にはっきりと見られていた。

 お姉ちゃんはちょっと感心したような感じでこちらを見ている。

 一方、リンドウは興奮したように両手をぶんぶん振った。


「わたしからはすごいのはわかったんですけど、何がどうなったのかよくわかりませんでした!」


 こっちはよくわからなかったらしい。

 その割には熱意だけはすごかった。


「なんていうか、正直よく覚えてないんだよね。無我夢中だったからなのか、とっさに身体が動いたって感じで」 


 とりあえず、苦しい言い訳を試みてみる。

 するとアオムラサキが納得した顔で頷いた。


「人というものは危機的状況では、普段は出せないような力を発揮することがあります。もしかしたら、今回はそういうものだったのかもしれませんね」

「なるほどです。いつもだったらアヤメ姉様の長剣は重すぎて、あんなに簡単に持てませんものね」


 助かった。

 火事場の馬鹿力ってことで納得してもらえそうだ。

 そうやって、ちょっと油断した瞬間に、アオムラサキがとんでもないことをいって言った。


「いえ、それは魔力によるものかと」

「魔力、ですか?」


 なんで?

 どうしてそんなことがわかるの?


「リンドウ様と同様にカナエ様も魔力が多いようですので、無意識の内に体内に魔力を巡らせたのかと」

「じゃあ、あれは魔法なんでしょうか」

「いわゆる魔法ではありませんが、魔力によって一時的に力が強くなったりするのです。そのおかげで重い長剣を振り回すことが出来たのでしょう」


 なるほど、そういう話は一般にも知られているのか。

 とりあえず、魔法が使えるとかそういう話にならなくて良かった。


「でしたら、わたしにも同じ事ができるでしょうか! 姉様みたいになりたいです!」

「今回のカナエ様の場合は無意識だと思われますので、思い通りに魔力を使うのは難しいかと」

「練習します!」


 リンドウは満面の笑みを浮かべて、ものすごいやる気を見せている。

 わたしはひっそりとその場から離れて馬車の中を覗いた。

 コナユキが不安げな顔をしてこちらに寄って来る。


「カナエちゃん! 大丈夫だった?」

「大丈夫、大丈夫。こう見えても、森の王に稽古つけてもらってるからね」

「カナエちゃんが凄い魔力を持ってるのは知ってたけど、それでも心配したんだよ」


 わたしは馬車に乗り込んでコナユキの隣に座ると、安心させるために頭を撫でた。


「心配させてごめんね」

「ふわぁ」


 とたんにコナユキの口から気の抜けた声が漏れる。

 そこで、髪の毛を撫でる手に柔らかい感触がある事に気づいた。


「あ、コナユキ! 耳出てる!」

「え! ほ、ほんとだ!」

「早く隠して。あ、尻尾も出てる」

「はうぅ。ごめんなさい」


 慌ててコナユキが頭とお尻を手で押さえた。

 どうやら魔物が現れたことで、驚きのあまりちょっとだけ身体が子狐形態に戻ってしまったらしい。

 いや、よく考えてみると疑問なんだけど、どうして魔物が現れたんだろう。


「ねえ、コナユキがこっちに来る時、あの鳥の魔物みたいな奴ってどこかで見たりした?」

「うーん、そうだね。前に通った時は見なかったけど。でも、あの時はカザリさんがいたから」

「そうか、魔物の人がいたら同じ魔物には襲われたりしないよね」

「でも、こんな街の近くに出るのはめずらしいね」


 わたしはチュニックの隠しポケットに入っている革袋を手で触ってみる。

 特に袋が開いてるとか、破れてるとかもない。

 ということは、神様のメダルが魔物を呼んだってことでもないように思える。

 考えてみれば、あの魔物はわたしじゃなくてお姉ちゃん達を狙ってたんだから、こっちの事情とは無関係なのかもしれない。

 色々考えて首をひねっていると、お姉ちゃん達が戻ってきた。

 どうやらこのまま出発して領主様の館に向かうらしい。

 ギリギリのタイミングで耳と尻尾を引っ込めたコナユキが、わたしの横でこっそりと安堵のため息を吐いていた。

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