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騎士の試合とあやしい影

「それではルールを確認します」


 わたしはチドリさんとアヤメお姉ちゃんの間に立って、二人の表情を見ながら大きな声を出す。


「時間の制限はありません。使用する武器は剣のみで、倒れた後の組み打ちはなし。どちらかが降参するか、立会人であるわたしが戦闘不能と判断した場合に終了となります。よろしいですね」


「ああ」

「うん、いいよ」


 二人ともわたしの言葉に同意する。

 チドリさんの言葉は真剣で、アヤメお姉ちゃんの方はいつも通りどこかのほほんとしている。

 両者が充分距離を取ったところで、わたしは手を挙げて開始の号令をかけた。


「はじめっ!」

「はあっ!」


 チドリさんがいきなり突進をかける。

 重そうな鎧を着て、左手には丸い盾も持ってるけど、動きは決して遅くない。

 盾を前に突き出した状態で、右手の剣は肩の位置に構え、いつでも斬りかかれるような体勢だ。

 対してアヤメお姉ちゃんは右手の剣を前に半身に構えて、チドリさんを待ち構えている。

 お姉ちゃんの剣はちょっと長めの片手剣で、柄が長く、両手でも持てるようになってるので、やろうと思えば力押しも出来ると思うけど、今のところは距離を取って戦う考えなんだと思う。


「せやっ!」


 チドリさんの突進からの突きを、お姉ちゃんがギリギリで躱して、相手の右手側に回り込む。

 連続する動きで、さらに素早く斬り上げられた剣は、紙一重の距離で空を切った。

 その瞬間にタイミングを合わせて、お姉ちゃんが素早く突きを繰り出すけど、それは盾に阻まれてしまう。


「相も変わらず逃げ回ってばかりじゃない」

「あいにくこういうスタイルなんだよね」


 チドリさんが間合いを詰めながら、踏み込みに合わせて剣を振り抜く。

 動きを止めずに、さらに踏み込んで返す刀で斬り上げる。

 そこからさらにもう一撃。

 お姉ちゃんがその切れの良い三連撃を左右にステップすることで躱す。

 動きの終わりを狙って躱すステップから流れるように斬りつけるけど、これも盾で防がれた。


「これはスタミナ切れ狙いかな……」


 わたしの独り言はたぶんみんなには聞こえていない。

 リンドウとアオムラサキは馬車の近くから心配そうにこちらを見ていた。

 ちなみに、試合開始前にイナリをリンドウに預けようとしたんだけど、頑としてイナリがわたしから離れなかったので、仕方なしにマフラー状態のままにしている。

 試合をしている両者が結構動くものだから、立会人であるわたしもそれを追いかけるように走り回らなきゃいけない。

 十歳の子供の身体では、一生懸命走らないと二人の動きに追いつけないのがつらいところだ。


「キュッ」


 一進一退の攻防が続いてしばらく経った頃に、イナリが鋭く鳴いた。

 反射的に周囲に眼をやると、黒い何かが空の上からこちらに向かって飛んでくるのが見えた。

 鳥かなって思った途端に、その影が三つに増える。


「お姉ちゃん!」


 わたしが叫ぶのと、黒い影が突っ込んでくるのがほぼ同時だった。


「ふっ!」


 ものすごい反射神経で、アヤメお姉ちゃんが飛び込んできた黒い影を振り向きざまに切り捨てる。

 直前まで逆を向いていたのに、まったく迷いのない動きだった。

 これ、さっきまでの勝負は手を抜いてたな。


「なんだ、これは!」


 いらだたしげな声を上げて、チドリさんが剣を振り回す。

 その周りを黒い影がまとわりつくように飛んでいる。

 わたしが目を凝らすと、不気味な紫色の光が、弧を描くような軌跡を引いているのが見えた。


「あれ、魔物だ」

「クルッ」


 イナリは今も首の周りでマフラーみたいに丸くなってるけど、いつでも動けるように身体に力が入っている。

 どうやらわたしの動きを邪魔しないようにしてくれてるみたいだ。


「カナエ! 離れて!」


 お姉ちゃんがそう言いながら剣を突き上げると、吸い込まれるみたいに黒い魔物が刃に貫かれる。

 見た感じ、この魔物は黒い鳥みたいな形をしているようだ。

 魔物はいつのまにか数を増やして、お姉ちゃんの周りに一体、チドリさんの周りにはまだ三体もいる。

 わたしの剣は馬車に置いてあるから、今は完全に丸腰状態で加勢するのも難しい。

 言われた通りに馬車の方に行こうかと思った瞬間、チドリさんのまわりの魔物が、タイミングを合わせて一斉に襲いかかった。


「このっ!」


 チドリさんは魔物の一体を盾で防いで、もう一体は剣で斬りつけたことで追い払ったけど、背後からの一体に対して完全に無防備になる。

 その瞬間、アヤメお姉ちゃんが突然チドリさんの真後ろに現れて、その一体を斬り飛ばした。

 あまりにも踏み込みが速すぎて、ちょっと瞬間移動したみたいに見えた。

 そのまま一回転するような動きで、周りの二体も斬り捨てる。

 そこに、元からお姉ちゃんを狙ってた鳥の魔物が突進してきた。


「え、何?」


 間が悪いことに、お姉ちゃんの動きが速すぎて、チドリさんの認識が追いついていなかった。

 二人の身体がぶつかって、チドリさんが反射的に盾を突き出す。

 その盾にぶつかったお姉ちゃんの長剣が、金属のきしむ音を立てて宙に弾き飛ばされる。

 身体のバランスを崩して無防備になったお姉ちゃんに向かって、魔物の黒い影が突っ込んできた。


「キュッ」


 イナリが鋭く鳴く。

 同時に、わたしは反射的に頭の上の光の輪を廻していた。

 瞬間的に魔力を動かせるのは、森の王に訓練をつけてもらった成果だった。

 体中に光が満ちるような感覚がある。

 そして、世界の動きが遅くなった。

 これは魔力によって身体能力が向上して、感覚が研ぎ澄まされた証拠だ。

 わたしはスローモーションみたいな世界で走り出しながら、弾き飛ばされて来た長剣に手を伸ばす。

 回転する剣の動きにに合わせて、その柄を逆手の状態で掴んだ。

 黒い影はさらにお姉ちゃんに迫っている。

 今のわたしには、その鳥の形も、羽ばたく翼の動きもはっきりと見えている。

 そこに向かって走る。

 ギリギリ間合いに入った瞬間、わたしは剣を振り抜いた。

 スッと線を引くように、黒い鳥の身体が二つに分かれる。

 わたしは腕の振りにあわせてステップを踏み、二人にぶつかるのを、弧を描くような動きで避けた。


「クルッ」


 そして時間の流れが元に戻ってくると、視界の端に鳥の魔物が地面に落ちていくのが見えた。

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