突然の猫式ゼスチャーゲーム
なるべく気配を消してキリカゼさんの屋敷に近づく。
猫の王様は精霊以外の気配がすると言ったけど、わたしにはよくわからない。
後ろを振り向いて森の奥を窺ってみると、もう王様の姿は見えなくなっていた。
これだけ距離が離れていれば、何かあっても安心だろう。
自主的に偵察に出てきたからには、無事に情報だけ持って帰りたいところだけど、どうしたってトラブルに巻き込まれる可能性はある。
もしもの場合、猫の王様の安全だけは確保しなくてはならない。
心配する必要がないくらい強いとは思うけど、念には念を入れておきたいところだった。
「ルッ」
肩の上でイナリが抑えた鳴き声を上げる。
視線の先を見るに、やはり屋敷の方に何かあるみたいだ。
わたしは足を止めて息を潜め、魔力の気配を窺う。
「うーん、まだちょっとわからないな」
「ルッ」
イナリは何か感じてるみたいで、警戒している空気は伝わってくる。
でも、思ったほど深刻そうではない感じ?
「物騒なことは起こってない風に見えるけど」
「ルッ」
これは肯定のルッだ。
「もう少し情報が欲しいから、このまま近づいてみよう」
「ルッ」
木々の間に身を隠しつつ、ゆっくりと進む。
すると、わたしも魔力のゆらぎのようなものに気付いた。
「なにか……いる?」
たしかに気配を感じたけど方向が違ってて、屋敷から少し離れている。
玄関から出てまっすぐ進んだ森の入口辺りだ。
慎重に近寄ると、銀色の頭がみっつ並んでいるのが見えた。
よく知っている髪色だ。
「あんたたち、何してるの?」
死角から近づいたせいで気付かなかったのか、声を掛けたら一斉にビクッと飛び上がった。
こちらに振り向いた顔を見たら、三つ子が揃って見たことないくらい眼を見開いていたので、ちょっと申し訳ない気持ちになってしまった。
「ごめん。脅かす気はなかったんだけど」
三人一斉にしがみついてきて、お腹に猫パンチを連打し始めた。
「だからごめんって……いたっ! みぞおちはやめてよね、みぞおちは」
「ルッ!」
イナリが抑えた鳴き声を上げると、いっせいに三つ子の動きが止まる。
叱られて言うことをきいたというより、自分たちの置かれている状況を思い出したって感じだった。
「ねえ、いったい何が起こってるの?」
わたしが声をひそめて尋ねると、三人それぞれ顔を見合わせる。
あ、これ訊いても答え返ってこないパターンだ。
「それじゃあ、わたしの質問には『はい』か『いいえ』で答えてくれない?」
すかさずそう提案すると、またしても三人で無言の協議に入った。
「手を上げたら『はい』で、手を下げたら『いいえ』ね」
すると、三人そろって頭の上に両手を挙げた。
幼稚園児のお遊戯みたいで、動きが妙にかわいい。
「何か危ないことが起こってるの?」
中途半端に手を挙げて、顔を見合わせる三つ子。
「よくわからない?」
一斉に挙手。
なるほど。
では、もうちょっと具体的な質問にしよう。
「何かが君たちの家に来てるのかな?」
万歳するみたいに、一度下ろした手を再び頭の上に挙げた。
「もしかして、魔物が現れたとか?」
三人一斉に手を下ろす。
なんか、手旗信号みたいだな。
そういえば猫の王様は精霊以外の気配を感じるとか言ってたけど。
「じゃあ、幻獣がやって来たの?」
合わせたみたいに同じタイミングで、ビッと勢いよく手を下げる。
「だとしたら、来てるのって……人間?」
三つ子が一斉に手を挙げて、勢い余ってちょっと飛び上がるみたいになった。
「そっか。でも、どんな人間が? 魔法使いとかかな?」
半ば独り言みたいにつぶやいてからすぐに、これは答えがでないなと思ったけど、予想に反して三つ子たちは同時に手を下げた。
魔法使いじゃないってわかるのか。
じゃあどんなやつなんだ。
そもそも、相手が魔法使いかどうか簡単にわかるものでもない。
今、すぱっと答えが出たってことは、つまり、はっきり言い切れる理由があるってことか。
ということは、普通の姿じゃないとか?
別の何者かだとわかる格好をしてるんだったら、話はわかる。
しかも、猫の王様が警戒するくらいの、普通ではない気配を発している人物。
「もしかして、教会の関係者? 神官騎士とか?」
三つ子がふたたび揃って万歳するみたいに手を突き上げた。