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大人力を行使して、父様を説得するこころみ

「カナエの話はわかったが、それはなかなか難しいだろう」


 そう言って父様は思案するように左手で顎を撫でた。

 暖炉前の椅子に座る父様の前には、わたしとコナユキが並んでソファーに座っている。

 ここは屋敷の二階にある大部屋で、暖炉のあるこの部屋に普段から家族が集まって過ごしている。

 食事時は大きな樫の板を台の上に置いてテーブル代わりにするけど、今はしまってあるので大部屋にはソファーや椅子があるだけだ。


「わたし、かわいそうだと思うの。こんなところでお供の人達とはぐれて、たった一人なんて……」


 とりあえず、訳あって旅をしていた豪農の娘であるコナユキが、野党に襲われ供とはぐれ、森をさまよっているところをわたしが助けた、という設定にしてみた。

 なんとか彼女を故郷に帰してあげたい、と切々と、子供のいじらしさ全開で説得を試みているところだ。


「しかしな、シモフリヌマのある領となるとかなりの距離だぞ。そう簡単に子供を送り届けることも出来ん」

「父様でも難しい?」

「まず、子供の足であれば徒歩で行くのは厳しいだろう。馬車が必要になる。それに、護衛も必要だ。野党に襲われたという者を丸裸で送り出すわけにはいかない。そうなればどうしても規模が大きくなる。馬で一人旅するのとは訳が違う」


 わたしはなるほどって感じで頷いておく。

 ここは父様を説得する場だ。

 決定権を持っているのは父様なのだから、結局この人に了承をもらわなくちゃいけない。

 たぶん無理にわがままを言っても、承認を得るのは難しいだろう。

 だから前世で培った交渉術、というには心許ないけど、多少ネゴシエーションの経験はあるから、それをフルに使うつもりだった。

 なので、とりあえず父様の言葉は否定しない。

 なるほど確かにその通り、だったら……と言う風に話を進めるのが解決への近道だ。

 対立するのが一番良くない。

 父様とわたしが同じ方向を向いていて、問題を共有している、という空気を作るのが大事なのだ。


「今すぐは難しいかもしれないけど、何かの用事のついでに送っていく、とかはどうかな」

「ふうむ……」

「クルッ」

「こら、イナリちゃん、大事なお話の邪魔しちゃ駄目ですよ!」

「クルッ」


 暖炉の真ん前の椅子には妹のリンドウがちょこんと座っていて、膝の上にイナリを載せて、逃げないように両手で抱きかかえている。

 イナリはわたしの肩の上に乗りたいようだったけど、無理をしてまでリンドウの手から逃げ出すつもりもないようだった。

 これで結構イナリはリンドウに懐いているのだ。

 一方、アヤメお姉ちゃんにはあまり懐いていない。

 お姉ちゃんは一応騎士だから、なにか油断ならない気配を漂わせているのかもしれない。

 わたしから見たら、騎士の割にはマイペースでのほほんとした人なんだけど。

 そのお姉ちゃんはわたしとコナユキが座っているソファの横の、一人がけのソファに座って、ちょっと楽しそうな顔でこちらを見ている。


「確かにその子の故郷がある領は、うちと縁戚関係にあるからな。いずれ顔を出す用事もあるだろうが……」

「だったらさ」


 狙い澄ましたようなタイミングで、お姉ちゃんが話しに入ってきた。


「わたしが行ってくるっていうのはどうかな? 領主の跡継ぎとしていずれ挨拶に行かなきゃいけなかったし、この子を守って故郷まで送り届けるのを騎士の試練にしちゃえば一石二鳥でしょう」

「なるほどな……」


 お姉ちゃんの提案に、父様が再び考え込み始めた。

 ちなみに騎士の試練っていうのは、新米の騎士が一人前と認められるために行う試験のようなものだ。

 特に内容は決まっていないけど、何かある程度達成が難しい任務をこなす必要がある。

 お姉ちゃんは騎士になったばっかりで、これからいくつかの試練をクリアしなきゃいけなかったから、コナユキを無事故郷に送り届けるのをその試練にしたいってことだ。


「まあ、それならば構わんか」

「やった!」


 わたしが思わず隣に座っていたコナユキの手を握ると、父様が咳払いをして釘を刺してくる。


「しかし、騎士の試練となると護衛をつける訳にもいかなくなるぞ。馬車の御者を兼ねた従者を一人用意するが、その娘にとって安全で快適な旅とはならんが……」

「大丈夫です!」


 ここでコナユキが身を乗り出して声を上げた。


「もとより無理なお願いをしているのですから、送っていただけるだけでありがたいです!」

「コナユキちゃん……」

「カナエちゃん……」


 わたしとコナユキがダブルで子供のいじらしさをアピールしていく。

 当然、今OKをもらった条件では、目標としては足らないものがある。

 つまり、まだ交渉は終わっていない。


「まあ、そういうことなら問題なかろう。それではアヤメには明日にでも領主として騎士の試練を下そう」

「父様!」


 わたしは姿勢を正して、できるだけ真面目な表情を作る。


「なんだカナエ。まだ何かあるのか?」

「わたしも行きます」

「それは駄目だ。これは遊びで旅に出るんじゃないんだぞ」


 父様はちょっと呆れたような表情で頭を振った。

 でも、これはわたしの方の試練の条件なのだ。


「わたしはコナユキに故郷へ送り届けると約束しました。誰でもない、このわたしがコナユキと約束したんです。領主の娘として、一度交わした約束を反故にするわけには参りません」


 いきなり家族モードから敬語の公式モードに切り替わったことに気づいて、父様がかるく目を見開いて驚いた顔をした。


「しかし、その代理をアヤメがしようというのだ。この結果をもたらしただけでも充分約束に報いたことにはならないか?」

「自分はカナエを連れて行っても構いませんよ?」


 突然のお姉ちゃんからの申し出に、父様がちょっと慌てる。


「アヤメ……お前はまた思いつきでいい加減なことを」

「これは決していい加減な話ではありません。単なる騎士の試練としては簡単すぎると思っていた所でした。一人の人間を守るよりも二人を守る方が難しいでしょう。それにカナエに外の世界を見せてあげる良い機会ですし」

「しかしな……」


 言葉は否定しているけど、あと一歩って感じだ。


「父様。お願いします!」


 しっかりした態度であらためてお願いしてみる。

 後は父様のわたしに対する評価がどうなっているかだ。

 普段の行いを考えるに、ここ数ヶ月でかなりしっかりしてきた、と思われてるはずだ。

 まあ、実際に中身が大人になったんだから、どうしてもしっかりしたところが出てきてしまうんだけど。


「ふむ。わかった。カナエの同行を許そう」

「ありがとうございます!」


 ふう。これでなんとかなった。

 後は現地まで行ったところで、なんとか上手いことごまかして、コナユキの故郷の集落に行けば良い。


「でしたらわたしも一緒に行きたいです!」

「クルッ」


 一件落着ムードだったところに、リンドウが爆弾を放り投げて来た。

 突然立ち上がったから、バランスを崩してイナリが落ちそうになっている。

 慌てて小さな足でズボンにしがみつき、なんとか事なきを得たようだった。

 しかし、流石にこれは想定外だ。


「リンドウ、わがままを言ってはいかんぞ」

「でも、姉様達が旅に出てしまうと、わたし一人になってしまいます」

「一人じゃないだろう。父がいるじゃないか」

「父様は姉様じゃありません!」


 リンドウがこんなわがままを言うのは珍しい。

 普段は年の割には大人びた子なのだ。


「クルッ」


 リンドウの腰あたりにしがみついていたイナリが、これ以上は危険と判断したのか、素早く飛び降りてわたしの足下まで逃げてきた。


「駄目なものは駄目だ! リンドウはまだ幼すぎるだろう! これは決定事項だ。もう覆らないからな!」

「そんなあ……」

 

 ここまではっきりと宣言されてしまっては、リンドウも説得のしようがないだろう。

 とりあえず、わたしの目標は達成した。

 イナリがわたしの身体をよじ登って肩の上までたどり着いたので、指先で顎下を撫でてあげる。

 やっとホームに帰ってきて、イナリは安心したように眼を細めている。

 わたしがチラリと横を見ると、こちらを見ていたアヤメお姉ちゃんと目が合った。

 お姉ちゃんは口元だけでニコリと笑った。

 わたしは眼でありがとうとお礼を言っておく。

 実は、前もってお姉ちゃんには話を通しておいたのだ。

 こちらの事情を全て説明して、事前に解決策を相談していたから、良いタイミングで助け船を出してもらうことが出来たという訳だった。

 これがわたしの前世の経験を活用した交渉術だ。

 前もって予想されうる父様との交渉の流れをお姉ちゃんと打ち合わせてから、その後に実際の交渉に臨む、これはいわゆる根回しというやつだろう。

 何も武器を持たず、ノープランで交渉しても、成功は難しい。

 交渉の落としどころ、両者が納得できる解決を用意しておくことが大切なのだ。

 そういう意味では、リンドウは大人びていてもまだ子供ということなんだろう。

 まあ、それがあたりまえだとは思う。

 今回留守番になるリンドウはかわいそうだけど仕方がない。

 そう考えていたわたしだったけど、後日、リンドウが泣き落としで父様を説得したことを知り、子供のわがままの底力を思い知ったのだった。


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