すくすくそだつ姉妹と、消えた猫の魔物
「姉様、少しおさんぽしませんか?」
そう言ったリンドウと二人でやってきたのは、花壇を抜けた先にある芝生が植わった広場だった。
本日のお客様が皆お帰りになって、そろそろ陽も傾こうかという頃合いだ。
ここまでの道のりは、先程と同じようにどちらも無言だった。
わたしが考えていたのは神様のメダルのことだ。
これをどう説明したものか。
いや、そもそも説明していいものかも疑問だ。
とはいえ、既に存在は知られてしまったのだから、いまさら情報を隠蔽するというわけにもいかない。
「そんなに警戒しなくていいよ」
わたしが選択したのは、考えていたのとはまた別の言葉だった。
「えっ……」
リンドウが軽く眼を見開いている。
「姉が妹を信じる。これって普通のことだよね?」
「いもうと、でいいんでしょうか……」
小さくぽつりとつぶやくのが聞こえた。
でも、わたしにはここで言うべきことがあった。
「ちょっとだけとはいえ、先輩だからね、わたしは」
つまりは、自分が以前の自分ではなくなるという事に対してのってことだ。
「大きく変わったもの同士、ってことですか?」
「変わったところもあるけど、変わらないところもある。生きていれば誰にだって起こる、普通のことだよ。わたしたちはちょっと先取りしただけ」
妹は何かを探るようにこちらを見ていた。
「時が経てば、人は誰だって変わっていく。子供の頃の自分じゃなくなっていく。ここにいる二人はそれが他人より早かったってだけのことなんだよ」
リンドウの硬かった表情が、ゆっくりとほどけていった。
「あっという間に、大人になってしまいましたね」
「なれてるといいんだけど。どうかな」
人間、歳は取っても大人になれるとは限らない。
「姉様、普通の子供はこんな話はしないと思います」
冷静な大人の指摘だった。
「たしかに、そうかもしれない」
「何がどう変わろうと、わたしは姉様が嫌がることはしません。だから、先程の物について教えてください」
リンドウがまっすぐこちらを見ていた。
「うーん、あのメダルは前に森で手に入れたんだよね。イナリが咥えて持ってきた物なんだけどさ。良くわかってなかったわたしに、初めて会った森の王様が色々教えてくれて、親切にしてもらったんだ」
リンドウは視線を落とし、ちょっと考え込む顔になった。
「イナリちゃんが……」
「どうしてイナリがこれを持ってたのかとかは、秘密らしくて教えてもらえない」
もちろんわたしにはわたしの予想があるけど、答え合わせしたことはなかった。
肩の上のイナリの頭を軽く撫でてみると、あえてノーリアクションという感じだった。
「姉様のメダルがわたしの想像通りの物だとするなら、なにが起こっていたとしても不思議はないでしょうね」
「わたしとしては面倒事はご免なんだけど、ものがものだけに難しいというか」
リンドウがさもありなんという顔で頷く。
「このメダルが最近のいろいろな出来事の発端だった、ということでしょうか。充分以上に納得のいくお話ですけど、納得だけですむお話でもないですよね」
「わたしの方針は、基本なにも無かったことにする、だからね。なるべく誰にも見つからないように隠すし、自分でも無闇には使わない。こんなものに頼り出すと、ろくな事にならないのは目に見えてるし」
だから、リンドウも同じ立場でいて欲しい。
わたしの意図はちゃんと伝わったらしく、真面目な顔でこっくりと頷く。
「ではこちらも忘れることにします。でも、困ったことがあれば言ってください」
「問題は外からも来る」
気が付くと、花壇の合間から黒犬の魔物が姿を現していた。
話しに集中していて完全に不意を突かれてしまった。
「あんた、こそこそするのやめてよね」
「姉様、ヨイヤミちゃんになら話を聞かれても大丈夫ですよ」
リンドウが手を伸ばしてバウルを呼び寄せる。
たぶん使い魔みたいなものなんだろうけど。
いや、そうか。
リンドウは魔物を使い魔にすることに成功してるってことか。
「村や森を見て回った。ミュオスの姿が見つからない」
「あの猫の魔物ですか。素直に出て行ったにしては、動きが早すぎるようにも思えますね」
どうだろう。
色々脅したから、仲間の元に戻ったのかもしれないけど。
「もしかしたら、メダルが発した魔力に気付いたとか?」
「屋敷周辺は結界がありますから、ある程度は抑えられているはずです。ただ、予想外に魔力が強かったので、どこまで効果があったかはなんとも……」
うーん、これは結構な不安材料が残ってしまったかもしれない。