いぬがすきなこねこたち
「ひと通り屋敷を案内し終わったので、ちょっとひと休みしてお茶の時間にしていたところだったんです」
アヤメお姉ちゃんもいることだし、いきなりメダルの話にはならないだろう。
この場はなんとか平穏にやり過ごすしかない。
そんなわけで、現状を簡単に説明してみた。
「じゃあ、わたしたちも一緒にお茶をいただこうかな」
明るい口調で、お姉ちゃんがそんなことを言う。
後に付いていた使用人のひとが、素速く椅子とテーブルをこちらに運んできた。
「ちょうどいまリンドウがお茶のおかわりを頼みに行ってるから、タイミング良かったかも」
まあ、本当に良かったのかどうかは、なんともいいがたい気もする。
「ところで、なぜ犬がここに?」
チビ二人に挟まれモフられ続けている犬を見て、キリカゼさんが訊いてきた。
「犬舎を案内したら、すごく気に入ったみたいで……」
「そうでしたか。お手数をおかけしてしまいましたね」
ちょっと申し訳なさそうな顔をしたので、あわてて手をあげる。
「いえ、犬たちも遊んでもらえて喜んでますので」
「そういえばカナエ、お客様はもうひとかたいた気がするのだけど?」
お姉ちゃんが誰か探すみたいに辺りを見回す。
「えっと、あの子は用事があって先に帰りました」
「そうなんだ。カナエと仲良くしてくれてるみたいだから、ちょっと話してみたかったんだけどね」
いや、それは無理でしょ。
まともにコミュニケーションが取れるとは思えない。
結果として、ミュオスを先に帰したのは正解だったかも。
「まあ、いずれそのうちまたの機会にということで」
適当にお茶を濁したらそれで納得したのか、お姉ちゃんはかるく頷くと椅子に腰を下ろした。
続けて使用人が引いた椅子に、キリカゼさんが座る。
その途端、わたしの膝の上にいたちびっ子が素速く床にすべり降りて、母親の足にしがみついた。
声を掛ける隙もない。
「いろいろ見て回れて楽しかったかい? なにか面白いことはあったかな?」
キリカゼさんがチビを持ち上げて膝の上に載せながら、そんなことを訊く。
ただ、三つ子たちは相変わらず無言で、膝の上の子だけが母親胸に顔を埋めた。
もしかしたら、これでも何か情報が伝わっているんだろうか。
「ああ、アヤメ姉様たちもいらしてたんですね」
そう声がした方を見ると、ティーセットを持ったメイドさんを連れて、リンドウが戻ってきていた。
いつも通りのにこやかな顔だったけど、一瞬もの問いたげに視線をこちらに向ける。
まあ、この状況ではなんとも答えようがなかった。
「一緒にお茶することになったんだけど、足りるかな?」
「あ、はい、大丈夫だと思います」
リンドウがこくこくと頷くと、メイドさんがお茶の準備を始め、表面上はのんびりとしたお茶会が始まった。
「随分と犬が好きな子たちみたいですが、お家でも犬を飼ってるんですか?」
アヤメお姉ちゃんが三つ子たちを眺めながらそんなことを訊く。
「うちでは犬は飼っていませんね。家の周りにもあまり動物は近寄ってきませんし、見るのも珍しいんでしょう」
「先程、そのようなお話をされてましたね」
それはわたしもちょっと聞いた気がする。
「この子たちはとても気に入ったようですし、犬を飼うのもいいかもしれません」
キリカゼさんの言葉に、三つ子が一斉に反応した。
爛々と輝いてる眼をみるに、これはほんとに欲しがってるな。
母親の方がどこまで本気なのかはわからないけど。
「いずれお家にお邪魔することもあると思うので、その時にはうちの犬も遊びに連れて行きましょうか?」
わたしがそう言うと、三つ子たちがこちらの方へバッと振り向く。
「カナエ、あまりご迷惑になるようなことをしてはいけないよ」
「いえいえ、とんでもない。この子たちも喜びますし、いつでもいらしてください」
キリカゼさんが微笑みながらそう言ってくれる。
実は、この話は前もって打ち合わせ済みだった。
泊まりで遊びに行くという名目で屋敷を出て、幻獣たちの住む北の山脈へ向かうという算段なのだ。
「でしたらマゴット家の屋敷にもまた遊びに来てください」
アヤメお姉ちゃんが三つ子たちを見て、にっこりと微笑む。
この話が出来れば、とりあえず今回の目標は達成かな。
いや、これから怒濤の連続反省会が待ってるわけだけど。