されるがままの猫と指輪のひみつ
わたしは灰色の猫の前にしゃがみ込む。
お腹の下に手を差し込んで、そのしなやかな身体を持ち上げながら、腰を丸め込むように逆側の腕ですくい上げる。
そうして両腕の中いっぱいに猫を収めたけれど、特に暴れる気配はなかった。
日向の暖かな匂い。
ミュオスの支配を受けてるせいだろうけど、されるがままといった感じだった。
「それで、あの指輪はなんなの?」
わたしが軽く睨み付けながら訊いたけど、目の前の魔物は答えない。
緊張した表情でこちらを見詰めているだけだ。
「この指輪には魔物の魔力が込められています」
代わりにリンドウが話し始めた。
「持ち主の魔力を強化する力があるんですけど、それだけじゃありません」
「なんか物騒な感じだけど、まあ、魔物の道具だものね」
リンドウが神妙な顔で頷く。
「この指輪を着けていると、魔物の力が身体を浸食してきます。持ち主が魔物なら強くなるだけですけど、人間だったら魔物の影響を受けることになります」
「それって具体的にはどうなるの?」
まあろくでもないことだろうって、なんとなく想像はつくけど。
「簡単に言えば、魔物の操り人形になるということです」
「つまり、この子を支配してるのと同じような魔法なのかな?」
無意識に腕に力が入ると、わたしの顎に猫の耳が触れた。
ふつうならくすぐったそうにパタパタしそうなものだけど、今はまったく反応しない。
「似ているように思えますけど、実際は全く違うものです。その猫さんは魔法によって意識とか記憶なんかを少し操作されているだけですが、指輪のもたらす効果は完全に心を乗っとってしまうというものですから」
「そんな物騒な物がなんでうちのお屋敷に?」
疑問をそのまま口にしたら、リンドウが視線を下げ、ちょっと口ごもった。
言いにくい話なんだろうか。
「この指輪は、わたしがフクロウの魔物にもらったのです」
「なにそれ。ぜんぜん知らないんだけど」
そもそもフクロウの魔物なんて見たこともない。
鳥の魔物だったら沢山いたから、その仲間なんだろうか。
「前の旅行の帰り道に、森の中で出会ったのです。その時はわかりませんでしたけど、実際は誘導されていたのでしょう」
「つまり、こいつらはリンドウを狙ってたってことなんだね」
話を聞いて、心の底の方がスッと冷たくなった。
不安な気持ちと、いらだちのようなものがない交ぜになった感じ。
リンドウの様子がおかしかった時に、なんとなく疑ってはいたけど、はっきりわかったらやはり許せないという気持ちが沸いてくる。
「その頃のわたしは何もわかってなくて、森の動物さんがくれた秘密の贈り物だと思っていました。それで誰にも見せずに隠したまま持ち歩いていたんです」
「なるほど。魔物だとは思ってなかったのか」
森の動物たちは精霊と関係が深いこともある。
たぶん精霊に近しい存在だと考えたんだろう。
なまじ知識があるので、それが災いしたかたちだ。
「魔物たちの試みも、ある程度までは成功していました。でも、結局それは果たされませんでしたが」
「まあ、それはそうだろうね」
つまり、魔物たちの想定を覆すようなことが起こったんだろう。
「やはり姉様はわかってらっしゃったんですね」
「おおよその想像はついてるよ」
不安そうな顔に向かって、かるく頷いてみせる。
「だって、わたしはリンドウのお姉ちゃんだからね」
力強くそう言い切ると、わたしの妹は控えめに微笑んだ。
「それはそうと、いいかげんこの魔物の扱いを考えないと」
「ミュオスは今すぐ指輪を返される」
相変わらず動けないまま、ミュオスが早口でこちらの会話に割って入ってきた。
「解放するのはいいとは思うけど、指輪は無理じゃないかな」
「いえ、姉様。わたしは条件次第では、渡しても構わないと考えています」
リンドウがちょっと意外なことを言った。
「でもこれだけ欲しがってるってことは、何か企みがあるんじゃないの?」
「たぶんその魔物たちは怒られたくないのです」
無表情のミュオスの顔が、今まで以上に硬くなる。
「それって誰に?」
「魔物たちの主。つまり、魔王にです」