領主への対面とおすましモードの三匹の猫たち
やっぱり、どうしても妙な組み合わせに見えてしまうのだろう。
三人の子供を連れた妙齢の女性と、異国人っぽいの風貌の女の子。
そのどちらも、最近知り合った人たちだとは紹介したんだけど。
「キリカゼと申します。お目にかかれて光栄です」
母親の挨拶に会わせて、小さな三つ子も揃って淑女の礼をする。
パリッとした服装も相俟って、こちらはいいとこのお嬢さんたちに見えた。
「こっちはミュオスです。はい、挨拶して」
「ミュオスはミュオス」
居心地悪そうに、人の姿に変化した魔物がもごもごと挨拶らしきことを言う。
マゴット領主の屋敷一階ホールの奥には父様とアヤメお姉ちゃん、それとリンドウが並んでいて、父様は一見にこにこしてる風だけど、わたしが見るにやはりちょっと困惑している風だ。
お姉ちゃんは明らかに面白がっていて、リンドウは完璧なポーカーフェイスを保っていた。
「森の奥に屋敷があるという話は過去に聞いたことがあるが、確か久しく無人だったはず。その屋敷に戻られたということか」
「はい。しばらくはこちらの領に身を寄せさせていただきたく思いまして」
キリカゼさんと父様はにこやかに会話を続けている。
意外にも、父様はあのお屋敷のこと知ってたらしい。
もしかしてお祖父様とかから聞かされてたのかな。
どんな風に伝えられてきたのかは気になるけど、キリカゼさんとの対話は問題なく進んでいるように見える。
前もって父様には、偶然森の中で彼女たちに出会って、三つ子と仲良くなり、お屋敷でわたしが食事をごちそうしてもらったという話をしていた。
まあ、ほんとうのことだしね。
ちなみにミュオスの方は、灰色の猫を探しているときに手伝ってもらった、ということにしてある。
こちらもまあ嘘ではない。
「では、後はアヤメに任せる」
ひと通り必要な話は終えたらしく、父様はそう言ってホールを出て行った。
お姉ちゃんがその後を引き継ぎ、一歩前へ出る。
「それではみなさん、こちらにどうぞ」
お姉ちゃんの先導で二階の大部屋に移動する。
中を見ると、大テーブルは仕舞われていて、ソファと椅子が数脚、小さめのローテーブルにティーワゴンが準備されていた。
キリカゼさんと三つ子は揃ってソファに座り、少し離れてミュオスが椅子に腰掛ける。
わたしとアヤメお姉ちゃんは別のソファに、リンドウはミュオスの近くに椅子を寄せて座った。
「これは単に疑問に思っただけなのですが、森の中の生活というのは危険ではないのですか?」
お姉ちゃんはティーカップを手に取り、キリカゼさん達にもお茶を勧めながら話を始めた。
「問題ありません。わたくしたちの屋敷がある場所は精霊の住処にほど近いらしく、魔物はもとより、危険な動物たちも現れないのです」
キリカゼさんは前に、わたしにも同じようなことを言っていた気がするな。
「それは逆に、精霊の不興を買う可能性もあるということなのでは?」
「確かにその通りです。ですので我が一族には、森に棲む者としての決まり事が古くから伝わっているのです」
これは初めて聞くな。
いや、本人自身が精霊なんだから、単に作り話なのかな。
それとも実際に、そういう掟みたいなものがどこかにあるのか。
「興味深いお話ですね。例えば、どのような決まりがあるのでしょうか?」
「そうですね。まず、入ってはならない場所が決まっています。精霊たちのテリトリーということなのだと思います。また、森で火を使うことには制限があります。水場の近くなどでは使えるのですが。また、狩りで捕る獲物も多すぎれば問題になりますね」
話を聞けばけっこう納得のいく内容だった。
お姉ちゃんも微笑みを浮かべつつ頷いている。
「狩り自体は禁じられてはいないのですね?」
「森に棲むものの自然な営みのひとつ、と考えられているのでしょう」
これもしかして、遠回しに人間たちへの警告みたいになってる?
あまり狩りをしすぎるな、とか。
森の奥には入ってくるな、とか。
考えすぎかな。
とりあえず大きな問題は起きそうにないので、もう一方のお客さんの方を伺うと、リンドウがしきりにミュオスに話しかけているようだった。
「お茶、冷めないうちにどうぞ」
「飲み物はミュオスに必要とされない」
先日の対面が影響しているのか、ミュオスの方はかなり警戒してるみたいだ。
「とてもおいしいのに」
残念そうな顔で、リンドウがティーカップを口に運ぶ。
その様子を観察してから、ミュオスが自分のカップを覗き込んだ。
飲むかどうかちょっと迷っているようにも見える。
「別に変なものは入ってないよ」
わたしがそう言うと、何かを思い出したみたいにハッと顔を上げた。
「ミュオスは屋敷を案内される」
そういえば、そんな約束だったな。
まあしょうがない。
「じゃあ、ちょっとひとまわりしようか」
ソファから立ち上がってキリカゼさんの方を窺うと、まだしばらくお姉ちゃんとの話はつづきそうだった。
ミュオスと一緒にリンドウも腰を上げたところを見ると、いっしょに来る気らしい。
まあ、別にいいか。
「わたし、この子にお屋敷を案内してきます」
お姉ちゃんにそう声を掛けると、キリカゼさんが三つ子達の背中に手を掛けた。
「それでは娘たちも連れて行っていただけませんでしょうか。退屈してしまっているようですので」
立ち上がったチビたちは今もおすましモードだったけど、眼がさっきよりも生き生きとしてるようにも見える。
「わかりました。それじゃあ、いっしょに行こうか」
そう言って手を伸ばすと、三つ子たちが腕にしがみついてきた。
結構な大所帯になったけど、ミュオスへの牽制と考えればこれで良いのかもしれない。
そんなわけで、なにを企んでるのかわからない魔物を連れて、わたしたちは屋敷をひとまわりすることになった。