膝の上の子猫を説得するこころみ
釣りを始めてからしばらく時が過ぎたけど、何の展開もない。
わたしのウキはピクリともせず、魚の影さえ見えていない。
「今日はみんな揃って、どこかにお出かけでもしてるのかな」
「クルッ」
肩の上でイナリがどうしたんだろうねって感じで鳴く。
隣のキリカゼさんの方をチラ見したけど、そちらもまったく動きはない。
ポイントの選択が悪いのではなかろうか。
この辺は魚が寄りつかない場所なのかもしれない。
だとしたら、なぜだろう。
「うわっと」
いきなり背後から誰かにしがみつかれた。
振り返ると、あまりにわたしたちに動きがなくて飽きてきたのか、三つ子のうちのひとりがじゃれついてきていたのだった。
「木の上で押したりすると危ないからね」
空いている手で銀色の髪を撫でながら注意してみたけど、いまいちわかってなさそうな顔だ。
こちらにしがみついたまま身体を伸ばして、わたしの膝の上に頭を載せる。
あきらかに構って欲しそうなポーズだった。
「こらこら、勝負の邪魔はしてはならんぞ」
少し離れた地面の上から猫の王様が声を掛けてきたけど、まったく知らん顔でぐりぐり頭を擦りつけてくる。
「まあ、これくらいなら大丈夫ですから」
今のところ釣れる気配もないし、とりあえずそう答えておいた。
乱れた髪の毛を手櫛で整えてあげると、心地よさそうに目を細める。
放っておくと、このまま眠ってしまいそうだ。
「ずいぶんと呑気なものだな」
呆れたような王様の声を聞きながら残りの二人を探すと、ひとりはキリカゼさんの膝の上にしがみついていた。
まあこれで五分と五分か、と思う。
だからなんだという気もするけど。
「クルッ」
イナリ何かに気付き鳴き声をあげたその先を見ると、池の端にしゃがみ込んだ最後のひとりが、小さな手を伸ばして水面に波紋を作っていた。
さすがにこれじゃ魚も逃げるなとは思うけど、下まで降りてやめてもらうのも難しい。
「ねえ! きみもこっちにおいでよ!」
下に向かって軽く手を振ると、ぴょこんと顔を上げた女の子は、しなやかな動きでするすると木を登ってくる。
途中でわたしとキリカゼさんの両方に視線をやって、結局こちらにやってきた。
水に濡れていた手を麻布の手巾で拭いてあげていると、すでに膝の上に乗っていた子の方へぬっと頭を伸ばして顔を覗き込んだ。
「まだ動いちゃ駄目だよ」
両手を拭き終わるのとほぼ同時に、もうひとりの上に折り重なるようにしてしがみついてくる。
枝が多少きしんだけど、さすがに折れるほどじゃない。
すると、ふたりが膝の上で軽くじゃれつき始めた。
やばい。
この状態だと釣り竿を保持するのも難しい。
「キュッ」
イナリが肩の上から飛び降りて、ふたりに直接抗議をしにいってくれた。
でもこれで、一時的に膝の上の積載量が三人になってしまった。
しばらく様子を見ていると、イナリが両前足を伸ばし、ふたりの頬に小さな肉球を押しつけるみたいにぐりぐりする。
それに気付いてちょっと動きが止まったけど、残念ながらすぐにまたじゃれ合いに戻ってしまった。
「ねえ、人の姿じゃなかったらこんなに窮屈じゃなくて、もっと余裕があるんじゃないかな」
たぶん本当の姿は子猫だと思うんだよね。
膝の上に子猫二匹ならまだ余裕がある。
ちょっと見てみたい気もするし。
「クルッ」
イナリも同意の鳴き声を上げてくれた。
二人は動きを止めて、しばらく顔を見合わせてたけど、結局また元の体勢に戻ってしまう。
仕方なく放置していると、ふたりしてわたしの上着の内側に鼻先を突っ込んできた。
クンクン匂いを嗅いでる様子からするに、鹿せんべいの残り香に気付いたらしい。
「さっきみんなで全部食べちゃったでしょ」
わたしの言葉に顔を上げ、二人でまた視線を交わし合っていたけど、やっぱりすぐに元のクンクンに戻る。
きみたち、ずっとそんな感じだね。
「困ったな」
たぶん、もっと釣れそうなポイントに移動するべきなんだろう。
勝負に勝とうとするなら、それしかない。
でもなあ。
この状況を見るに、考えるべきはもっと別にある気がする。
つまり、話は元に戻る。
どうして釣りなんだろうか。