妹は妹、猫は猫
屋敷の扉の前でリンドウは去って行く黒犬を見送った。
とぼとぼとした足取りで門の方へ消えていくその姿は、一日の労働を終え疲れはてた農奴のようだった。
いや、農奴みたことないけどね。
この国では経済の発展と共に、かなり昔に消え去ってしまったらしい。
もっとも、他の国にはまだ残っているのだという話も聞いた。
時間は全ての場所で同時に進んでいるように思えるけど、実は地域によって濃淡があるのだろう。
都市の建物が新しい意匠に塗り替えられていく中、古い様式の建物ばかりの町もあるように。
「姉様、わたしたちに先程のお友達を紹介するというのは、どういうことなんでしょうか」
玄関ホールに足を踏み入れつつ、リンドウが訊いてきた。
さて、なんと説明したものか。
「あー、うん。ちょっとうちのお屋敷に興味あるみたいだったから、まあ色々あって招待することにしたっていうか。いや、まだ誰にも言ってないんだけど。相談せずにごめんね?」
「カナエ姉様がそうしたいのであれば、わたしは別にかまいません」
結界の存在から察するに、どこかでマゴット家の屋敷を守ろうとしてくれてる人もいるみたいだから、なんともちょっと申し訳ない気持ちになった。
「何か困るようだったら、今回は断るから」
「まったく問題ないですけど、お出迎えの心構えはしておきます」
リンドウはそう言って明るい笑顔を見せた。
「そう言ってもらえると助かる。でも、リンドウはもっとわがまま言ってもいいんだからね」
わたしはなるべく優しく、ゆっくりとその頭を撫でる。
「これに限らず、何かやって欲しいこととか、悩みとかあったらなんでも言ってよ。わたしはリンドウのお姉ちゃんなんだし」
顔を覗き込むと、軽く驚いたみたいに眼を見開いていた。
大事なことをちゃんと言えて良かったと、そう思ったところで、急に別の考えが浮かぶ。
「あ、ごめん。あいつを紹介する時、もう数人追加するかも」
「え?」
なんか格好つかないけど、思いついたものはしょうがない。
この際だからまとめてしまおう。
「そっちはいい人達だから大丈夫。ちっこい三つ子も呼ぼうかな。これがすごくかわいいんだよ」
翌日、猫の王様の御所を訪ねたら、その三つ子がいた。
部屋の奥の床の間みたいに一段高くなったところに巨大な猫状態の王様が寝ていて、そのまわりにしがみつくみたいに小さな女の子が三人眠っていた。
短い手足に、ゆるくウェーブのかかった銀色の長い髪。
そういえば、三つ子の猫状態はみたことないな。
普段から人間形態を維持しているところを見ると、かなり精霊として優秀であるようだ。
「あの、王様?」
これ起こしていいんだろうかとちょっと思ったけど、狒々の執事さんからは許可をもらっていたから大丈夫だろう。
しばらくすると、大きな瞼がピクピクと動き、ゆっくりと片眼だけ開いた。
「む、カナエか」
「お休みの所すみません」
王様はライオンサイズの口を開けて、おおきなあくびをする。
「その方ならばいつ来てもかまわないが。……うん?」
やっと意識がはっきりしたのか、自分の身体にしがみついてる三つ子の姿に気付いたようだ。
「いや、これはだな。そうではなくて、なんというか。キリカゼが少し遠くへ出かけるというので、子供たちを置いていったのだ」
いつもの低くハスキーな女性の声で、なぜか妙に言い訳じみたことを言った。
わたし、そんなことですねたりしませんけど。
「ずいぶんとぐっすりですね」
「まあ、小さな子供というのはよく眠るものだ」
こうして会話していても、目を覚ます気配はない。
時折ふわふわの猫の毛に顔を擦りつけ、ふにゃふにゃ言ったりするくらいだ。
「しかしこれでは動けんな」
「あ、起こさなくてもいいですよ。お話はこのままでも出来ます」
目覚めたらそれはそれで、三つ子の相手をしなくちゃいけなくなる気がする。
王様の前にしゃがみ込んで、大きな猫の眼に視線の高さを合わせた。
「あの、決めました。わたしやっぱり、赤ん坊を助けようと思います」