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もふめだ もふもふないきものから運命を改変できるあやしげなメダルを手に入れた  作者: ゆーかり
猫の精霊とあらたなる逃走(仮題)
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はまるねこのまもの

 もう少し修業をしていくというお姉ちゃんを残して、わたしは屋敷の玄関に向かった。

 太陽の位置も低くなり、そろそろ夕方になろうかという頃合いだった。

 冬が近づくにつれ日も短くなってくる。

 形ばかりの秋はそろそろ終わりにさしかかっていて、もうしばらくすれば長い冬がやって来る。

 マゴット領はそれほど雪深くないのが救いだ。

 北の山脈の麓まで行くと、身動きが取れないくらい雪が降るらしい。

 遠目に見える山々の雪化粧はまだこれからだった。


「どんな方法で行くにしても、早いほうがいいよね」

「クルッ」


 わたしが見ている方向から意味を察したのか、肩の上のイナリが同意の鳴き声を上げた。

 取り返しが付かなくなる前に、北の山脈まで行かなくちゃならない。

 そのためには、わたしはこの屋敷から旅立つ必要があった。

 しかもひとりで。

 難しい気がする。

 コナユキ達と旅した時のような手は、もう使える気がしない。

 素直に旅に出たいと言ったとしても父様は許さないだろう。

 短ければ可能だろうか。

 赤ん坊と同じようにグリフォンに運んでもらえるなら、往復で二日、到着した後の状況次第でさらに数日必要になるかもしれない。

 最短で三日か。

 それくらいの日数ならなんとかならないだろうか。

 森でキャンプするとか、誰かの家に泊まるとか、そういう話にして。

 いっそ、書き置きを残して家出するとか。

 めちゃくちゃ怒られるだろうな。

 前に森で迷って次の日に帰った時は、しばらく外出禁止になった。

 思えば、あれがいろんな出来事の始まりだった。

 状況は一見それほど変わってないように見えるけど、中身は随分と変化してしまった。

 もう人間じゃないしね。

 でも、わたしはまだわたしだという思いはある。

 そもそも前の人生の記憶を取り戻した段階で大きく変わったはずだけど、それでもわたしは間違いなくカナエ・マゴットだ。

 何かが付け足されたとしても、いままでの自分が消えてしまうわけじゃない。

 父様やお姉ちゃん、リンドウ達が家族なのも変わらない。

 誰がなんと言おうと、それだけは間違いないことだ。


「クルッ」


 肩の上のイナリが、どうしたの? って感じで鳴いた。


「大丈夫。なんでもないよ」


 気を取り直して、他の方法も考えてみよう。

 実は手段はいくつかある。

 確実な方法が少なくともふたつ。

 でも、あまりやりたくはないんだけど。


「ここを出て北の山脈に行くのを許してもらう方法のひとつは、父様に全部説明してしまうことだよね」 

「キュッ」


 否定的な響きの鳴き声。

 自分が精霊になったことも、取り替え子のことも、すべて話してしまえば可能ではあるだろう。

 とはいえ。


「そんなことをしたら、今まで通りの生活には戻れない、かもしれない。だからやるつもりはないけど」

「クルッ」


 今度は安心したような鳴き声だ。


「他の方法としては、神様のメダルを使うっていうのもある」

「クルッ」


 今度は納得って感じかな。


「確実だけど、でも当然リスクがある。だからそこをなんとかしなくちゃいけない」


 メダルを使って、表が出ればいいけど、裏が出てしまえば良くない方法で願いがかなってしまう。

 そうなった時にどうするか、どうやってダメージをコントロールするかを考える必要があった。


「クルッ」


 イナリがフッと顔を上げて、わたしに知らせるように鳴く。

 その視線の先を見ると、屋敷の門から外に出ようとするリンドウの姿があった。

 すぐ横には黒犬の姿もある。


「こんな時間から外出?」

「クルッ」


 どうするの? って訊かれた感じがしたので、指先で軽く顎下を撫でながら、わたしも門の方へ向かった。

 なにか妙な気配があった。

 なるべく魔力が漏れないように気をつけながら、感覚を研ぎ澄ませていく。

 近づくにつれ、わかってくる。


「なんだろうこれ……結界?」

「クルッ」


 イナリにも違和感が伝わったようだ。

 小走りになって門を抜ける。

 辺りを見回すと石壁沿いの少し先にリンドウ達と、あと誰かもうひとりいるみたいだった。

 そちらに向かって早足で近づいていくと、すぐにリンドウがこちらに気付いた。


「あ、姉様!」

「あんたち、こんなところで何してるの」


 気配でなんとなくわかっていたけど、そこにはリンドウとバウル、あと人に変化した状態のミュオスがいた。

 しかもこの黒猫の魔物は、何故かその片足が地面に開いた穴に嵌まってしまっていて、身動きが取れなくなっているらしかった。


「ミュオスは何もしない」

「そんな風には見えないけど」


 そう言うと、フイッと視線を逸らされてしまった。


「姉様はこの方とお友達なんですか?」

「まあそんな感じと言えなくもないというか。近くの村で知り合ったんだけど」


 わたしはミュオスの足元にしゃがみ込んで、地面の穴を覗く。

 落とし穴かと思ったけど、むしろ割れ目みたいな形をしている。

 一見、気付かずに足を突っ込んでしまったって風だけど、違うな。

 これは魔術的なものだ。

 だからミュオスでも逃げられなかったらしい。


「そのうちみんなに紹介するよ。約束したしね」

「ミュオスは案内はされても、紹介はされない」


 ぼそりと不満げな声が聞こえたけど、とりあえず無視することにした。


「あんた、不必要にこんなとこうろうろしてないで、おとなしく村に帰りなさいね」


 足元に手を突っ込み、魔力の流れを解きほぐす。

 すると、あっさりと足が地面から抜けた。


「ミュオスはいつも大人しい」


 感情を感じさせない声でそう言うと、わたしとリンドウたちから視線を外して、まっすぐに村の方に向かって去って行った。

 しばらく並んでそちらを見送っていると、リンドウがうっすらと微笑んでこちらを見た。


「姉様のお知り合いは、変わったひとですね」

「まあね」


 わたしは靴で地面の割れ目を擦る。

 このままだと危ないかなと思ったけど、思ったよりも穴は小さい。

 もしかしたら、そのうち消えてしまうのかも。

 良く出来ている、と思った。

 普段はまったく存在を感じさせず、不審な者が近づいた時だけ、その身体を拘束する結界なんだろう。

 かなり高度で、手間のかかった術式だ。

 今までなんども通った場所だけど、全く気が付かなかった。

 誰が作ったのかは、なんとなくわかってはいるけれど。


「リンドウ、そろそろ屋敷に戻ろうか」

「そうですね。じゃあ行きましょう、ヨイヤミちゃん」


 黒犬の魔物がなにかもの言いたげにこちらを見上げてくる。


「そいつはうちの犬じゃないから。家には上げないからね」

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