剣の手合わせと去って行った猫
そこからしばらく手合わせを続けて、お姉ちゃんはひととおり技を試して満足したのか、ようやく訓練は終了ということになった。
少しだけ重くなった足をゆっくり動かしてイナリが待つ井戸の所まで戻ると、灰色の猫はもういなくなっていた。
「まあしょうがないか。あれだけ騒がしくしてたら、昼寝の邪魔だよね」
「クルッ」
素速く井戸の縁に飛び乗って、イナリがおつかれさまみたいな感じに鳴いた。
滑車を使って水を汲み、土埃で汚れた顔を洗っていると、汗を拭きながらアヤメお姉ちゃんがやってきた。
「やっぱりカナエは剣の才能あるんじゃないかな」
明るい声でそう言われたけど、まったくピンとこない。
「見たこともない技を次々見せられて、さばくだけでいっぱいいっぱいだったんだけど」
「対応力が高いってことじゃないか。冷静で目が良くないと出来ないことだよ」
精神的な余裕と知覚能力。
そのあたりは精霊になって底上げされた部分のような気がする。
素の身体が作り替えられているような感じなんだよね。
「それにしても、今日は色んな技を使ってたけど、練習してるところは一度も見たことなかった気がするんだけど」
「まあ、あまり見せる機会がなかったからね」
もしかして、人が見てないところで訓練してたってことかな?
お姉ちゃんはそういうことをするタイプじゃないと思うんだけど。
「どうやって使うかは考えていたけど、あまり稽古はしなかったからなあ」
そりゃ見る機会ないよ。
そもそも練習してないんだもの。
「まあ、さすがお姉ちゃんっていうか……」
ほぼぶっつけ本番であそこまで自然に使いこなせるとか、ちょっと普通じゃない。
修業に出ていた頃、同期の騎士見習い達からは天才だなんだと言われてたらしいけど、それもうなずける感じだった。
「それで、実際に受けてみてどうだった? 結構得るものがあったんじゃないかな。技もひとつふたつは使えるようになった?」
「いや、そんなの無理でしょ。お姉ちゃんと一緒にされても困るよ」
もしかして、カザリの技もそんなに回数は見てないんだろうか。
他人の技を見たらそれがすぐに使えるとか、普通そんな話ないと思うんだけど。
とはいえ、なんとなく理屈はわかったから、多少取り入れられそうな部分はあるかもしれない。
「カナエならいけると思うんだけどな」
「十歳の子供になにを求めてるの」
中身はアラサーだけどね。
そうだ。
子供で思い出したことがある。
「お姉ちゃん、最近リンドウがどうしてるか知ってる?」
「リンドウ? いきなり話が飛んだね」
わたしの脳内では繋がってるんだけど、これはちょっと説明しづらい。
「まあ、最近はあの黒犬と遊んでるところをよく見るね。幼い割に大人びた子だったけど、今は前よりも子供らしくなったかな」
「子供らしく?」
そんな印象は、わたしにはない。
「元々本が好きで、普段はずっと屋敷で読書してるような子だったじゃない。それが外で遊ぶようになったんだから、子供らしくなったってことでいいと思うけど?」
「それって、いいことだと思う?」
お姉ちゃんは意外なことを言われたって感じに、軽く目を見開く。
「勿論、そう思うよ」
いいこと、か。
子供らしいことがいいことだって、そう考えるのは大人だけだ。
わたしは元々アラサーだったからわかる。
子供っていうのは、気が付けば自然と背伸びをして、大人になろうとしてたりするものだ。
基本的に子供が大人になっていくのはごく自然な流れだろう。
それを忘れると、なにかを見落としてしまうことになる。
「わたしはむしろ、リンドウはけっこう大人になったって気がする。子供らしさは減ったけど、でも、それも良いことだと思う」
「うーん、カナエからはそう見えるのか」
お姉ちゃんはいまいち納得いっていない風だった。
そして最後に、わたしは大事なことを言っておくことにした。
「それで、忘れないでほしいんだけど、どんだけ子供らしくなっても、大人っぽくなっても、リンドウはわたしたちの妹だからね」
わたしの言葉を聞いても、やっぱりお姉ちゃんはピンときていない顔をしていた。
前回の内容を少しだけ修正しました。
前に自分で書いた内容を忘れてた。
いかに普段から思いつきで書いてるか、という。
別に重要なところではないので、あんまり変わってないんですが。
(カザリと手合わせをしたことがあるかないか、という部分です)