剣の手合わせと日向ぼっこをする猫
今後のことを考えながらマゴットの屋敷に戻ると、アヤメお姉ちゃんが待っていて、そのまま剣の稽古に誘われた。
こういうことはよくあるので、わたしたちはいつものように、兵士たちが使う修練場の方に向かう。
馬小屋を通り過ぎ、城壁みたいな古い石壁を通り抜けると土を踏み固めた広場がある。
今日は誰もいないから、貸し切り状態だ。
マゴット領には騎士や兵士としてだけで生活している人はほとんどいなくて、だいたいみんな農家をやっていたりとか、別に本業がある。
それでも騎士ともなると家柄もよくて、けっこう裕福だったりはするんだけど。
有事の際にちゃんと戦えるように、騎士や兵士の人たちは時折ここにやってきては稽古をしていて、だいたい示し合わせて集まるから、いないときはがらんとしてることが多かった。
普段、わたしたちは父様から教わることが多いけど、今日はお姉ちゃんと二人だけだから、さっそく軽く手合わせをすることにした。
「イナリはちょっと休んでてね」
「クルッ」
修練場の端にある井戸の横にイナリを降ろすと、そのすぐ近くに灰色の猫が居た。
こちらからは死角になっていて見えてなかったけど、壁際に積まれた木箱の上で日向ぼっこをしていたらしい。
「あの、こんにちは」
なんて声を掛けたらいいか迷って、結局中途半端なあいさつだけになった。
猫は片目だけ開けて、こちらをちょっとだけ見た。
この前は逃げられたけど、動くのがめんどくさいのか、今日は木箱の上で寝転がったままだ。
もしかしたら猫の王様からもらったひげの腕輪のおかげで、いちおう仲間あつかいされているのかもしれない。
「えーっと、その、今度少しだけ時間をください」
色々言いたいことがあるけど、今はちょっと間が悪い。
いきなり猫と長話を始めてしまったら、アヤメお姉ちゃんを待たせてしまうし。
わたしは木箱の前から離れて、練習用の短剣を振りながら修練場の中央へ進んだ。
歩きながら呼吸を整える。
最近は魔力が漏れないように気をつけてるけど、今回は体内の魔力もいつも以上に抑えめにする。
精霊になった影響か身体能力がちょっと上がっていて、魔力が満ちていると予想以上に強くなってしまう。
いきなりすごい動きをしてしまうとお姉ちゃんにあやしまれるから、なるべく気をつけて身体をコントロールしなくちゃいけなかった。
「じゃあ、始めようか」
アヤメお姉ちゃんはそう言って長剣を低く構える。
あまり見ないスタイルだ。
なにか考えがあるのかもしれない。
これでわたしが構えたら、そこから手合わせが始まるのだ。
「今日こそ勝つからね!」
「訓練は勝ち負けじゃないよ、カナエ」
まあそうかもしれないけど、目標があった方が上達するだろう。
とはいえ、どうやって勝つのかが問題なんだけど。
まずは考えてみる。
あらゆるものには意図があるはずだ。
手合わせの目的によって、お姉ちゃんの戦術は変わるはず。
普通に考えて、わたしはやっぱり格下だと思われているだろう。
そんな相手と訓練するのはどういう時か。
軽く身体を動かして調整する、くらいの感じなのか。
わたしに稽古をつける、みたいな意図なのか。
それぞれの場合で、戦い方は変わってくるはず。
「じゃあ、お願いします」
わたしは半身になって利き手に持った短剣を前に出す。
これはいつも使う構えで、どちらかといえばディフェンシブなスタイル。
まずは様子を見て、お姉ちゃんの目的を探ることにした。
「打ち込んでこないと訓練にならないよ」
お姉ちゃんはそういうけど、簡単に打ち込めるような隙はない。
こちらは小刻みにステップを踏んでるけど、向こうはしっかりと足を止めたままだ。
見たことない構えだけど、たぶん攻撃を受けてからその隙をついて反撃するスタイルなんだろう。
低く構えてるのはなんでかな。
突進を止めるためなのか、他に意図があるのか。
「じゃあ失礼して……」
わたしは距離を保ったまま、お姉ちゃんの左側に向かって回り込む。
低く構えた長剣は左を向いていたから、斬り上げる動きを避ける方向だ。
でも、アヤメお姉ちゃんは身体の向きすら変えない。
普通に考えれば、これは大きな隙になる。
でも、そんなわけはないのだ。
もしかしたらこれが今回の訓練で試したいことなんだろうか。
「フッ!」
なるべくリズムで動きを読まれないように、マゴット家に伝わる歩法を駆使して素速く切り込む。
まずは身体の前に構えた短剣で突きを放った。
「うわ!」
しかし、最短距離をまっすぐに進む剣先が、お姉ちゃんの長剣に跳ね上げられる。
普通なら不可能な現象。
構えていたのとは逆側から、いきなり剣が現れた。
「そうか、回ったのか」
あまりにも速すぎて混乱したけど、お姉ちゃんはこちらに背中を向ける形で回転して、逆側から斬り上げてきたらしい。
前の世界で言えば、後ろ回し蹴りみたいな動きじゃないだろうか。
驚いたけど、一瞬でも視線が切れて背中を見せることになるから、リスクはあるだろう。
「でもそれ、一度見せたら二度は使えないよね!」
素速く踏み込んで連撃に繋げる。
しかし、届かない。
たぶん回転しながら少し後に下がってたんだ。
攻撃を察知して、そのまま距離を取ったらしい。
見たことない技。
やっぱりこれを試すのが今回の手会わせの目的かな。