猫と人のおさめるところ
「精霊にとっての取り替え子は魔力を増やすための手段という面が大きい」
猫の王様は真面目な顔をして、教師のような口調で話し始めた。
「原理はわかっていないが、何故か取り替え子は強い魔力を得ることが多いのだ」
「人間は魔力が強くないのに、不思議ですね」
強い魔力の影響を受けるとかなら、感覚的に腑に落ちる気もするけど、人間たちの中で、人間のふりをして育つと魔力が強くなるというのはピンとこない。
だったら同じように人の魔力も強くなりそうなものだけど。
「それ以外の理由としては、人間の世界に影響力を持ちたいという場合もあるだろう。人としての立場を持っていればなにかと都合がいい時もある。また、年月が経ち、精霊たちの元に戻ったとしても、人の社会についての知識を持っていることが役に立つこともあるだろう」
「では、今回のキリカゼさんに関しては、どんな理由があるんでしょう」
つまりはなぜ今この場所なのか、というのが謎だった。
正直まったく見当がつかない。
「先程のふたつの理由の、そのどちらも、だな。魔力の強い後継者を求めているようであるし、同時にこの地の人間たちに影響力を持ちたいとも考えているようだ」
「うーん、それって大元のところで言えば、いったい何故なんでしょう」
今の答えではわからない。
知りたいのはそのさらに奥にある理由だ。
「将来を憂いている、ということだろう。この森には我以外には力の強い精霊はあまりいないからな」
「そういえば、後継者って言ってましたけど、つまり、王様の跡継ぎってことですか?」
わたしは自然とコナユキのことを思い出していた。
あの子もいまは里長の後を継いだ者として、毎日がんばっているはずだ。
「まあ、そうだな。キリカゼは猫の精霊が未来永劫この森を治めるべきだと考えているのだ。我はそうは思わぬが……」
あ、もしかして、わたしの存在が問題になってるってこと?
ぽっと出の正体のわからない精霊が、猫の王様の弟子になってぶいぶいいわせてて、この森の長の座を狙ってるって思われてるとか?
いや、ぶいぶいいわせてないし、王様の後を継ぐとかも考えてないけど。
「この森の未来とかに関して、わたしは特に意見とかありませんけど」
「カナエならばそう言うと思ってはいたが。まあ今すぐどうこうという話でもないのでな」
そうはいっても、王様は眉をひそめていて、あまり歓迎してるようにも見えない。
「人間たちに対して影響力を持ちたいって方は、どういう理由なんですか?」
「正確に言えば、人間に対してというのとは少しちがうな」
王様の顔がまた真面目な感じに戻った。
「キリカゼが気にしているのは、魔物たちの動向だ」
「ああ、なるほど。たしかに最近この領内では、偉そうな魔物がうろうろしてますもんね」
女性騎士の姿をしたカザリとか、黒犬の魔物のバウルとか、最近来た黒猫の魔物のミュオスとか。
どの魔物も約定によって行動の自由を許された特権持ちなわけだから、急に状況が変わってきたという風にも見える。
いや、その理由は強い魔力が観測されたからで、つまりそれって、神様のメダルが原因というか、ある意味わたしのせいと言えなくもないんだけど。
「どの魔物もマゴットの領主の館に出入りしているからな。なにか思惑があると考えるのもおかしい話ではない」
「カザリさんは帰っちゃいましたけど、代わりにミュオスって魔物が送られて来たみたいですし、たしかにそう見えますね」
とはいえ、あの魔物たちがうちの屋敷に出入りしたがる理由は、実はわたしじゃないって気もするんだけど。
「むろん、マゴット領主の屋敷にはそなたが住んでいるわけだからな。普通に考えるならば、さらに精霊を増やす必要があるかは疑問だと思うのだが」
「その辺は信用の問題なんでしょう」
わたしのことをキリカゼさんが認めてくれれば、これ以上は不要と納得してくれるとかならありがたい。
「まあ、事情としては以上だな。例のメダルに関しては何も話していないから、こういう動きになるのも仕方ないとも言える」
「そうですね。秘密にしてくれてありがとうございます」
逆にいうと、それだけメダルの存在が危険だということでもある。
「それでどうするつもりなのだ。カナエ」
「えっと、どうする、といいますと?」
猫の王様の顔が、ちょっと厳しい感じになった。
「決まっている。人の赤ん坊を取り返したいのか、ということだ」