猫の王様にひざまくら
「それで王様」
「なんだ、カナエ」
わたしは下から見上げる状態で王様に話しかけた。
引き続き美女に変化したままの猫の王様は、なんだかニコニコしてて機嫌よさそうだ。
「どうしていきなり膝枕なんでしょうか」
「して欲しかったのではなかったのか?」
王様は意外なことでも言われたみたいな口調で、軽く眉を上げた。
「誤解だと思います」
そう主張しても、猫の王様は軽く笑っただけで、まじめに取り合ってくれなかった。
なんでこんなことになったんだっけ。
そうだ。
わたしたちは精霊の女性が住む館を出て、まっすぐに王様の居城へ向かった。
あの精霊の人のこととか、取り替え子の話とか、幻獣とかいうものの正体とか、訊くべきことはいくらでもあった。
なのでそのまま王の間に直行し、とりあえずソファに座ろうと思ったところで王様に抱え上げられたのだった。
そして、そのまま膝の上に載せられた。
さすがに十歳ともなれば、成人女性が抱えるにはすこし大きすぎる。
それに子供みたいで恥ずかしいし。
いや、子供だけどね。
とにかく、そんな感じの主張をすると、王様は意外そうな表情を見せてから、今度はすばやく膝枕の体勢に移行したのだった。
「先程、あの幼子を膝に載せていた時、うらやましそうにチラチラとこちらを見ていたではないか」
「あればそういう意味じゃないです!」
とんでもない誤解だった。
いや、誤解だよね。
あんまり王様が他人と触れあうのを見たことがなかったし、普段から気安い感じに接してくれてるのがうれしかったから、もしかしたら、ちょっとショックだったかもしれないけど、でも、相手はちっちゃい子だよ。
普通のことでしょ。
たぶん。
「では、なぜこちらを見ていたのだ」
王様はそう言いながら、わたしの頭をやさしく撫でる。
仕立ての良いやわらかなソファに横たわり、膝の上に頭をのせた状態だと、転がり落ちでもしないかぎりは王様の手を避けようがない。
ドレスのなめらかな生地を通して、王様の暖かな体温が伝わってきて、どうにも心地よくなってしまう。
このままだと、うっかり眠ってしまいそうだった。
「後で話したいことがありますって、伝えたかったんですよ」
「まあ、それはわかってはいたが」
理解してたんじゃん!
だったらこの状況はなんなのか。
「とにかく、この体勢だと話しづらいので」
「そんなことはなかろう」
いや、気恥ずかしいでしょ。
いつもはライオンサイズの巨大猫状態だから自然にスキンシップできてるけど、こんな風に人間形態だと妙に緊張するんだよね。
「ちょっと距離が近いというか」
なんとか説得しようとしたら、王様はこちらを覗き込むように目を合わせてきた。
「それのどこが悪い?」
「うっ」
顔が良すぎるのが心臓にわるいと思います。
なんというか、迫力がありすぎる。
「訊きたいことがあるのだろう?」
「うう。じゃあ、あの精霊の人は、どんな方なんでしょうか」
状況からおおよそのことはわかってるけど、ちゃんと話をきいておかなくちゃいけない。
「その昔、わたしが教え導いた精霊のひとりだな。名はキリカゼ。独り立ちしてこの森を出て行ったのだが、先日、子を連れて戻ってきたのだ」
「前に聞いたわたしの姉弟子たちのひとりってことですね」
ここまでは予想通りだ。
「それで、どうして戻ってきたんでしょう。あの人、キリカゼさんは子供たちにこの森を見せたいんだって言ってましたけど、それだけじゃないんですよね」
「もちろん。だからその方に手紙を出したのだ」
森の近くの道で白狼から受け取った手紙。
そこには、わたしに会わせたい者がいるって書かれていたんだった。
「キリカゼさんと引き合わせてもらったとして、その話の中心は取り替え子のことですよね。それはわかるんですが、知りたいのはつまり、どうして取り替え子が必要なのかってことなんです」