猫の王様と目があって
「それでは今、赤ん坊はどこにいるんでしょう?」
わたしの疑問に、今度は王様が答えた。
「北の山脈だな。取り替え子として連れられてきた赤ん坊は、北の幻獣たちの元に送られるのだ」
「正確には、北の山脈にそろそろ着く頃合いでしょう。昨日迎えが来たばかりですので」
北の山脈っていわれたけど、それって思ったよりも遠い場所だ。
というか、幻獣って?
「あの、それじゃあ幻……」
言いかけた台詞をとっさに飲み込む。
よくないな。
もしかしたら、これは精霊だったら常識なのかもしれない。
知らなかったら不信感を与えるようなものなのかもしれない。
わたしの正体を知られることがどれくらい問題あるかはわからないけど、ここであんまり自分の情報を明かすのは得策じゃない気がする。
膝の上に小さな女の子を乗せたまま、精霊の女性がちょっと不思議そうな顔でこちらを見ている。
ちょっと堅そうな雰囲気はあるけど、子供に優しいし、悪い人ではないとは思う。
猫の王様とも親しいみたいだし。
でも、まだちょっと手持ちの情報が少なすぎた。
「寝てしまいましたね」
不意にそう言われて自分の腕の中を見ると、わたしに抱えられたまま女の子は小さな寝息を立てていた。
王様の膝の上に載せられた子も同じように眠ってしまっていた。
考えてみれば、このまま話を聞いたところで、まだ自分自身の結論が出せていない。
「せっかく寝たところを起こすのも申し訳ないので、そろそろおいとまします」
「……そうですか」
精霊の女性がこっくりと頷く。
どうやら引き留める気はなさそうだった。
わたしが王様の方を見ると、自然と目が合う。
「では、我も戻るとしよう」
そう言って女の子を抱き上げ、王様はゆっくりと立ち上がった。
女性と王様は連れだって部屋を出て行く。
たぶん、女の子たちを寝室に連れて行ったのだろう。
「うーん、これ起こさないで運べるかな」
三歳くらいの子とはいえ、わたしの身体のサイズだと軽く抱えられるって感じではない。
「ルッ」
肩の上で、小さな声でイナリが鳴く。
なんとなく言いたいことはわかった。
「たしかに魔力で身体能力を強化すればいけるけど、それで起こしちゃったら元も子もないよね」
とはいえ、他に方法もなかった。
なるべく慎重に、揺るがぬように、光の輪を廻す速度を上げる。
身体に流れる魔力を波立たせないように。
「なんとかいけそうかな」
「ルッ」
女の子を胸に抱えて、椅子から滑り降りるようにして立つ。
重さはまったく問題ないから、あとは安定性かな。
ぶつけたり落としたりだけはしないように気をつけないと。
背中でドアを押し開けて、廊下に出た。
「イナリ、二人がどっちに行ったかわかる?」
「ルッ」
わたしの肩から飛び降りたイナリが、床の上に立って鼻をひくひくとさせる。
匂いを探っているのか、それとも魔力の気配を探っているのか。
「ルッ」
イナリはわたしの方を向いてひと声鳴くと、廊下を奥の方に向かって進み始めた。
その後を追ってしばらく行くと、扉が開かれたままの部屋があった。
中を覗けば精霊の女性と王様がいて、小さな女の子たちを大きなベッドに並べて寝かせている。
「あの、この子もお願いします」
部屋に入りながらそういうと、精霊の女性が女の子を受け取ってくれた。
さすがにわたしの背丈じゃベッドの上に寝かせるのはむずかしい。
「連れてきてくれてありがとう」
そう言って、女性は口元だけでニコリと笑った。
「では行くぞ、カナエ」
王様がドレスを翻らせ、悠然と部屋を出て行く。
わたしは精霊の女性に礼をしてから、追いかけるために廊下へ向かった。
「共に来るであろう?」
王様がわたしを横目で見ながら言う。
森の居城にいっしょに行くかってことだろう。
「はい。もともとそのつもりでしたし」
なにせ、聞きたい話がまだたくさんあるからね。