赤ん坊のゆくえと猫と子猫のこころ
「取り替え子が行われるのであれば、王様の耳には必ずそのことが届いているはずです」
なにせ精霊の王様だからね。
身内だったら当然話が伝わるだろうし、よそ者が来たとしても挨拶くらいはするだろう。
「そして場所があの村だっていうなら、王様はわたしに教えてくれるだろうと考えました。つまり、手紙でわたしに会わせたいと書いてきた人物は、取り替え子を行おうとしている精霊だってことになります」
「なるほど。それで最初に赤ん坊のことを訊いてきたのだな。この状況だけでよくそこまで察したものだ」
そう言う猫の王様は、なんだか楽しそうに見えた。
普段はあまり触れることのない、人間らしいものの考え方が面白いのかもしれない。
そうだ。
理屈をひとつずつ積み上げて、何かを組み立てていくのは、人がよくやる方法なのだ。
これは人間の魔法に通ずるところもあるんだろう。
だからあまり精霊らしくはないかもしれない。
「えっと、これでだいたいのところは説明できたと思うのですが」
やっと話が最初のところに戻ってきた。
そもそもの問題は赤ん坊のことだ。
というか、むしろ問題は、わたしの側にもあるというか。
つまり、わたしはどうしたらいいんだろう。
赤ん坊を取り戻して村長さんに返す?
それはわたしが人間の側に立つということだ。
では、精霊として、取り替え子が行われることを認める?
赤ん坊を両親から引き離して?
わたしはそれを許せるだろうか。
「まずは状況を確認したいんですが、いま人間の赤ん坊はどこにいるんでしょうか」
赤ん坊がどんな扱いを受けているのか聞く必要があった。
わたしは取り替え子のことをそこまで詳しくは知らない。
ひどい目にあっているなら助けなくちゃいけない。
でも、もし、丁重に扱われていたら。
精霊たちに大事にされていたら。
わたしはどうすればいいのか。
「おや、みんな目が覚めてしまったのですか」
唐突に、精霊の女性が入り口の方を見てそう言った。
気が付くとまた扉が開いていて、今度はちいさな女の子がふたり、目をしょぼしょぼさせながら部屋に入ってきていた。
女性の膝の上には既にひとりいるせいか、女の子たちはひとりがわたしの方に、もうひとりが王様の方にぽてぽてと歩いてくる。
ちいさな両腕でわたしの膝にしがみついてきたので、引っ張り上げて抱えるように座らせた。
王様の方も女の子を膝の上に載せて、楽しそうに頭を撫でてやっていた。
「あたたかい……」
子供だから体温が高いのか、腕の中の身体から心地よい熱が伝わってくる。
眠くて力が入らないらしく、女の子はすっかり脱力した感じで頭をわたしの胸にあずけてきた。
ふんわりとした灰色の髪の毛のやわらかな感触。
考えてみれば、親と離ればなれになるのは、子猫の精霊の方も同じなのだ。
まだ小さいのに人間たちの住処に送られ、人として過ごさなければならない。
取り替え子というのはそういうものだと言われてしまえば、それまでなんだけど。
なんだかすっきりしない。
精霊は長命だから、数年離れて過ごすくらいなら気にならないんだろうか。
でも、子供の頃の数年と大人になってからのそれではまったく違う気がする。
「そういえば、カナエは取り替え子についてあまり詳しくは知らないのだったな」
王様はちょっと考え込むように手を顎の先に当てた。
一応わたしも取り替え子だということになってるのに、知識がないのは不自然だろうか。
あとでこっそり王様に話を聞くのでもよかったかもしれない。
「まず結論から言えば」
精霊の女性が冷静な口調で話し始めた。
「人間の赤ん坊はここにはいません」