そして子猫を入れ替える
「ふむ。ならば消えた子猫が精霊だと、どうしてわかったのだ? たとえば、魔物だということもありうるだろう」
王様がそう言って足を組み替えた。
派手なドレス姿の美女がやると、すごく絵になる。
「最初はわたしも魔物が犯人なんじゃないかって思ってました。あの村には最近、魔物が棲み着いていましたし。だからそのミュオスって魔物を問い詰めたりもしましたけど、結局ちがうという結論になりました」
「その話は先程もすこし聞いたが、この地にまた魔物が来ていたのだな。いったい何が目的なのか……」
微妙に話の流れから外れて、王様は顎に手を当てて、なにやら考え込む顔になった。
できればそこは後の話にしたいところだけど。
「たぶん情報収集が目的のひとつなんだと思います。村に住む猫たちや、猫好きの人間と接触していましたから。そして、ミュオスはうちの屋敷に住んでいる灰色の猫のことも知っていました。子猫を捜し回っていたことも把握していたはずです。というか、実際にミュオスは子猫の顔を知っていると話していましたから」
「何が起こっていたのか、気付いていたと?」
どうだろう。
ちょっと考えてみる。
「ある程度まではわかっていたんじゃないかと思います。子猫が村長さんの屋敷に居座ってることは知っていたんじゃないでしょうか。でも、精霊だとは知らなかったのではないかと。もし把握していたなら、わたしも精霊ですから、仲間同士だと考えたはずです」
知っていたら、案外あっさりとその情報を漏らしていたかもしれない。
「とにかく、わたしの考えはこうです。もし子猫が魔物で、赤ん坊を攫おうと考えていたなら、灰色の猫の行き先をわたしに教えたりはしなかったはずです。灰色の猫は子猫を探していましたから、その流れでわたしが子猫に辿り着くと当然考えるでしょう。同時にわたしが現れて子猫があわてるというのもおかしな話だってことになります。つまり、子猫と魔物は別の勢力に属している、ということになります」
「なるほどな。話はわかるが、精霊以外の存在ということもあるのではないか?」
もちろん、ある。
でもその線はないと思ったのだ。
「仮に別の存在、たとえば魔法使いが姿を消して隠れていたと考えるなら、子猫は犯人ではないという話になります。人間は動物の姿にはなれませんから。そしてこの状況では、赤ん坊が攫われることはありません。なぜなら、かれらは一人で逃げられるからです。一度逃げて、再び戻ってくればいいのです」
ここまで話したところで、入り口の扉が開いた。
どうして開いたのかと思ってよく見ると、ちいさな女の子がひとり、眠そうに目を擦りながらふらふらと部屋に入ってきていた。
そして、部屋の中を見回して精霊の女性の姿を見つけると、ちょこちょことソファに向かって歩いてゆき、その足にしっかりとしがみついた。
「目が覚めてしまったんですか?」
精霊の女性はそう言うと、女の子の脇に両手を入れて持ち上げ、膝の上にぽすんと載せた。
女の子は満足げな顔で眼を閉じる。
寝てしまったのか、起きているのかは、こちらからはわからない。
「たしかにそうかもしれぬ。ならば、子猫の精霊もまた、一度逃げ出して後に戻ってくるればいいのではないか?」
王様がそう話をもとに戻した。
「後で戻ってきても、村長さんに捕まってしまう危険性があります。子猫を探している人物がいるわけですから。しかも、相手は精霊です。ふたたび顔を出すのはよくないと思ったのかもしれません」
「同じ精霊同士でそこまで警戒するか?」
そうつっこまれたので王様の顔を見ると、どうやら本気で言っているわけでもなさそうだ。
あえて疑問を呈している、という風に思えた。
「王様の紹介で顔合わせを行うまではこの土地の精霊には会わないように、といわれていたのでは? そもそも子供のようですし、判断力が高くないのかもしれません」
「なるほど。筋は通っているように思えるな」
王様が満足げに頷く。
「最終的に真実に気付いたのは、やっぱり赤ん坊が戻ってきたということが大きかったです」
赤ん坊が屋敷から消え、数日後には帰ってくる。
どうしてそんなことをしたのか。
一見、意味のない行為に思える。
でもそんなはずはなかったのだ。
「これは単に元に戻っただけに見えますが、実は何かが変わっている。そう考えるのが自然です。そして、子猫が精霊だと気付けば、答えはすぐにわかりました」
元々、わたしがよく知っている話だったのだ。
「取り替え子です。戻ってきたのは、赤ん坊の姿に変化した精霊だったわけです。赤ん坊と子猫は入れ替えられたのです」