猫の王様に推理をかたる
「カナエは赤ん坊のことも知っていたのか。もしや、その方が話したのか?」
「いえ、つい先程知り合ったばかりですから、まさかそんな話をするはずもありません」
森の王様と精霊の女性がそんな会話を交わしている。
この感じだと、どうやらわたしの考えは正しかったようだ。
「ではカナエ、その方はなぜ知っているのだ?」
「なぜというか、そうなんだろうなって今気付いただけで……」
なんて説明したら良いのかちょっと悩んでしまう。
「いや、思いつきでわかるようなことか?」
王様はちょっと楽しそうな表情で、なかば呆れたように言う。
「状況を整理して組み立て直せば、見えてくるものもあります」
「ふむ。まあカナエらしくはあるな。そなたの自己紹介代わりに、どんな考えでそこに至ったか、説明してはくれないか?」
自己紹介?
つまり、自分がどんな考えをする人物なのか、語ることで見せてくれってことなんだろうか。
わたしはソファに座る王様と、テーブルについている精霊の女性の顔を交互にうかがう。
どちらの目にも興味の色が見えた。
まあ、どうやって答えに辿り着いたのか、話すのは別にかまわない。
「では最初から説明します。もともとは、わたしが屋敷に住んでいた猫を探していたところから始まります」
そして、母様との思い出話を除いて、おおよそのところを語って聞かせた。
猫を探しに村に行き、薬師のおばあさんの所で黒猫の魔物と出会い、その導きで猫の集会に出向く。
やっと見つけた灰色の猫から子猫探しを依頼され、こんどは子猫探しを開始して村長の家に辿り着き。
そこで、赤ん坊と子猫が消える。
密室からの消失。
ここではまだ、合理的な結論には至らない。
皆が赤ん坊を捜し回ったけど見つからず、数日後に赤ん坊だけが帰ってくる。
犯人の目処は立たず、黒猫の魔物を問い詰めても答えは出ない。
そもそも、王様に相談しようと思って森に入ったのだ。
偶然辿り着いた草むらで子供たちと精霊の女性に出会い、食事に誘われてこの屋敷にやってきた。
「なるほど。ここ数日のその方の事情はわかったが、それで、どこから正しい解答に辿り着けたのだ?」
「最初に真相への手掛かりを得たのは、密室について考えていた時でした」
ここまで話す間に、三人の女の子たちは食事を終え、昼寝をするために部屋の外へ出て行ってしまった。
今は猫の王様と、精霊の女性がふたりソファに並んでいる。
わたしは向きを変えた椅子に座っていて、微妙に届かない足先を持て余したまま、膝に手を載せる。
「密室自体はどうとでも出来るものでした。やろうと思えば部屋から赤ん坊を連れ出すことは出来ます。しかし、どうやっても結構な無茶になるし、わざわざやる理由はありません。だから、密室それ自体について考えることには意味がない。重要なのは、何故あのタイミングで消えたのか、ということなんです」
「なるほど。なぜ無茶なことをしたのか、ということだな?」
王様が適切なタイミングで合いの手を入れてくれる。
隣に座る精霊の女性は何も言わず、興味深そうにこちらをじっと見ていた。
「赤ん坊を連れ出すなら、もっと都合の良いタイミングはいくらでもあったはずです。それなのに、なぜ、あの時だったのか。普段となにが違っていたのか、と考えるといいでしょう。答えは簡単です。わたしが子猫に会いに行ったことしかありません」
「ふむ、そういう流れで気付いたのか」
王様はもう言いたいことがわかってしまったのか、納得したようにかるく頷いた。
「あの時のわたしは、意識していないと魔力が周囲に漏れてしまう状態でした。そのせいで屋敷の近くにいた小動物たちを呼び寄せてしまったり、色々あったんです。今とは違い、あの時は相当だだ漏れだったのです」
屋敷の庭で、アナグマたちが会いに来てくれた。
あれはわたしの魔力が漏れていたのが原因だった。
「だから、わたしが村長の屋敷に入って、子猫に会いたいと伝えた段階で、赤ん坊をさらった犯人は誰か知らない精霊が近づいて来ていることに気付いたはずです。場合によっては、会話に聞き耳を立てていた可能性もあります。そして、わたしと出くわす前に赤ん坊を連れて逃げ出した」
犯人って言葉を使ったけど、もしかしたら気を悪くするだろうか。
女性の表情をうかがっても、なにもわからない。
「たぶん開いていた窓から外に出たのでしょう。やり方はわかりませんが、姿を隠すような魔法を使ったのかもしれません」
「そのあたりは重要ではなかろう。なんとでもなるだろうからな」
王様の言葉にわたしはこっくりと頷く。
どんなやりかたでも出来る。
犯人が魔法を使えれば。
「それで、念のため訊いておくが、赤ん坊を攫った犯人とやらは誰だったと考えているのだ?」
王様は、犯人という言葉を使うとき、ちょっと笑いそうな顔になった。
「もちろん、赤ん坊と一緒に寝ていた灰色の子猫です」
それ以外に屋敷から消えた人物はいない。
「あの子猫はわたしの屋敷に住んでいる灰色の猫の子供ではなかったんです。たぶん精神を操る魔法で、自分を子供だと思い込ませていたんでしょう。数日後、赤ん坊が戻ってきた後、灰色の猫の様子が変だったんですけど、たぶん子猫に関する記憶を消されていたんだと思います。そう考えれば、あの反応は納得出来る」
屋敷の庭で子猫の話をしたら、灰色の猫は怪訝そうな顔で走り去ってしまったのだった。
「そもそも、あの灰色の猫はわたしと同い年だったんです。猫も十歳になれば、あまり子供を産んだりはしないものです」
まあ、絶対ないとは言い切れないんだけど。
三度目のなりきり名探偵のターン。なぜ毎回こういうのが入るのか。
説明はまだ途中ですが今回はここまで。