とつぜんの猫の王様と気づき
三人の少女とその母親らしき女性の家は、わたしの予想と違ってかなり立派な造りだった。
森の中に住んでるって聞いたから、少し大きな山小屋みたいなものを想像していたんだけど、思ったよりも古くて立派なお屋敷だ。
「森の中にこんな大きな建物があったんですね」
「あまり知られていないはずですが、わたしたちの一族は昔からここで暮らしているのです。このところはもっと離れた場所に住んでいたのですが、最近また帰ってきたのです」
母親らしき女性が屋敷の扉を開きながらそう言った。
三人の小さな女の子たちは、あいかわらずわたしの上着の裾を掴んだままだ。
こうして囲まれてると、なんだか逃げないように拘束されているような気がしてくる。
「しばらく離れていたんだったら、このあたりの村で知られていないのも当然かもしれませんね」
「もともとあまり交流するつもりはないのですが、これからは買い出しなどで顔を出すことも増えるかもしれません。そうなればみなさんにお会いする機会も増えるでしょう」
いちおう領主の娘なので、ここの存在がちゃんと公に把握されているのかはちょっと気になる。
つまり、税とかそういうやつだ。
とはいえ魔女の屋敷だって税は納めてないだろうし、あまりうるさいことを言う気はない。
そんなことを考えつつも、なにかが妙に引っかかる。
でも、それがなんなのかはわからない。
もう少しで何かに気付きそうなのに、喉まで出かかってるのに、そこで詰まってるかのような感覚。
「ここに帰ってきた理由は、わたしが生まれ育った家を、チビたちに見せてあげたいと思ったからなんです。この森はとても良いところですから」
そう言う女性の後について、わたしは屋敷の中に入る。
居間らしき大部屋に案内されて、思った以上に立派なソファに座らされた。
三人の子供たちも、わたしの横に詰め込まれるみたいに並んで腰を下ろした。
「この子達って、もしかして三つ子ですか?」
そう声を掛けたけど、女性は部屋を出て行っていたらしく、答えは返ってこなかった。
もしかしたら、食事の準備をしに行ったのかもしれない。
「そういえば、名前を聞いてなかったね」
チビたちと呼ばれていた三人に話しかけると、皆同じ動きでこちらに顔を向けた。
「わたしはカナエ。きみたちのお名前は?」
なんとなくそんな予感はしたけど、三人とも同時に首を軽くかしげるだけで、なにも言わなかった。
まあ、最初から全然喋らなかったから、いまさらだけど。
極度に恥ずかしがりなのか、言葉がわからないのか、知らない人と話しちゃいけませんと教えられているのか。
あの女性に聞けばいい気もするけど、そうすると自分のフルネームを教える流れになりそうだ。
マゴットを名乗れば、領主の娘だってこともわかってしまうから、あまりよくいない結果になる可能性もあった。
せっかく歓迎してくれてるんだから、できれば仲良くしておきたい。
森に住んでるってことは、ある意味ご近所さんなわけだし。
そう考えて、やっぱり何かが気になった。
なんだろうな。
「あまりごちそうじゃなくてすみません」
そう言って母親らしき女性が部屋に入ってきた。
持ってきた食器をテーブルに並べてゆく。
焼きたての肉の香りが漂うパイと、野菜を煮込んだシチューが並んで湯気を立てていた。
さらに森で採れたのだと思われるプラムが籠に入っている。
「そんな、どう見てもごちそうじゃないですか。いただいてしまっていいんですか?」
「どうぞ沢山食べてください」
口元をあげるように微笑みながらそう言われると、断るのも変だなって気がしてくる。
チビたち三人組と一緒にソファから立ち上がってテーブルを囲むように座る。
背の低い女の子たちは、母親らしき女性がひとりずつ持ち上げて椅子に座らせていた。
「それではいただきます」
木製の匙でシチューを掬うとほのかにナッツの香りが漂う。
一口食べてみると想像以上においしい。
パイの方もサクサクした生地の食感がすばらしかった。
「すごくおいしいです。こんな食事が毎日食べられるなんて、この子達は幸せですね」
「お口に合ったようで幸いでした。うちのチビたちもいつもそう言ってくれれば、作る甲斐もあるんですが」
でも、三人の女の子たちもすごい勢いで一心不乱に食べてるから、おいしいと思っているのは間違いない。
できればイナリにも食べさせてあげたいけど、よそ様のおうちでテーブルについたまま動物に食事をさせるのはちょっと気が引ける。
しかたないから少し残しておいて、後でパイをあげることにしよう。
そう考えていたら、突然イナリが何かに気付いてピクッと顔を上げた。
「その方たちは、こんなところで何をしているのだ」
部屋の入り口の方から、呆れたような口調の聞き慣れた声が聞こえた。
びっくりしてそちらを見ると、ものすごい金髪の美女が豪奢なドレスを着て立っていた。
「王様!」
間違いなく人に変化した、わたしの師匠の猫の王様だった。
いままで御所の敷地から外に出たところは見たことがなかったから驚いた。
普通に出歩いたりするんだ。
ゴージャスな服装と建物がミスマッチかと思えば、この古びた屋敷には以外と似合っている。
いや。
大事なのはそんな話ではなく。
「どうしてここに?」
「同じようなことを先に問うたのは我だと思うのだが」
そうだった。
つまり王様はここの主と知り合いだってことだ。
ということは。
テーブルの向かいに座っている女性と、猫の王様は既知の間柄で、わざわざその足で訪ねてきたら、偶然わたしがいてご飯を食べていたってことだ。
そして。
気になっていたことがなんなのか、突然、明かりが灯るように気付いた。
「そうか。これ、魔法だ」
素速くテーブルに向き直り、女性と女の子たちの頭の上に目を凝らす。
すごく見えづらいけど、予想外に大きな光の輪がうっすらと見えた。
その光の色は、彼女たちが精霊であることを物語っている。
普通に気が付いても良さそうなのに、まったく何も感じなかった。
というか、目を凝らして光の輪を見ようという気にもならなかったのだ。
それ自体が不自然。
「周りからの認識を阻害するような魔法なのかな」
思わずぽつりと言葉がこぼれる。
その時になってやっと、精霊の女性が軽く目を見開いてわたしの方を見ているのに気付いた。
「もしかすると、あなたも精霊なのですか。少し魔力の強い人間だとばかり思っていました」
こちらも魔力を抑えてたからね。
ちゃんと意識さえしていれば、わたしも精霊の気配をかなり隠すことが出来る。
最初にチビたちに会った時に警戒されてるみたいだったから、しっかりと魔力を隠していたのだ。
だからこの女性の方も、わたしが精霊だと気付かなかったらしい。
「あの、もしかして、王様が手紙でわたしに会わせたいって書いてたのは、この人ですか?」
「そのとおりだが、わざわざ場を設けるまでもなかったな。いったいどんな偶然だったんだ?」
王様はそう言いながら、さっきまでわたしたちが座っていたソファに腰を下ろした。
凄い美人がドレス姿で古いソファに座っていると、そこだけ立派な絵画の中みたいに見えてくる。
わたしは森の中で起こった出来事を簡単に説明する。
その間、精霊の女性はひとことも口を挟まなかった。
三人の女の子たちは話を無視して、マイペースに食事を続けている。
「そんなことがあったのか。偶然ではあるが、親睦を深められたようでなによりだ」
王様が呑気な口調でそんなことを言った。
精霊の女性も穏やかな表情で微笑んでいる。
でも、そんな場合ではなかった。
なぜならば、説明を終えた段階になって、やっと、わたしは真相に気付いたからだ。
しばらくためらってから、思い切って口を開く。
「それで、人間の赤ん坊はどこにいるんですか?」