笛の音、子供たちの
わたしはあわてて三人の女の子がいた草むらまで駆けていった。
「さっきの音って、間違いなくあの子たちに渡した呼び子笛だったよね」
「クルッ」
肩の上でイナリが肯定の鳴き声を上げる。
何かあったら吹いてって言っておいたんだから、普通に考えればトラブルが発生したということになる。
「笛で遊び始めたとかならまだいいんだけど」
「クルッ」
こんどはどうだろうねって感じの、疑問のクルッだ。
たしかに、笛の音は一度しか聞こえなかった。
遊びで吹いているなら何度も鳴っているはず。
木々の向こうが明るくなってきた。
空き地がすぐそこまで来ていたので、わたしは念のため腰の短剣に手を伸ばす。
「イナリ、行くよ」
「クルッ」
さっきの倒木の近くに飛び出したら、ほんのすぐ先に三人の女の子たちがいた。
そして、その傍には誰か知らない大人が立っている。
よくみると、少女たちと同じようなワンピースを着た、落ち着いた雰囲気の女性だった。
四人ともちょっと驚いた顔でこちらを見ている。
わたしは弧を描くように進路を曲げて、速やかに足を止めた。
「よかった。トラブルじゃないみたい」
「クルッ」
女の子たちの無事を確認してから、大きくため息を吐く。
ぱっと見た感じでは、母親か誰かが迎えに来たってところだろう。
「あの、驚かせてしまってすみません。呼び子笛の音が聞こえたもので……」
わたしが大人の女性に向かって近づくと、彼女は納得したみたいにかるく頷いた。
銀色のふわふわした髪の毛は子供たちに似てるけど、キリッと整った顔立ちが目に付く。
まっすぐな姿勢の凜とした立ち姿から、なんとなく生真面目そうな雰囲気を感じた。
「では、あなたがうちのチビたちの相手をしてくれた子ですね」
そう言って薄い口元を上げて微笑んだ。
途端に迫力のある美人っぷりが際だって、その圧力に気圧され、思わず声も出せずに頭を縦に振っていた。
「いろいろ世話を焼いてくれてありがとう。お菓子をいただいてしまったのですって?」
「あ、いえ、その、たいした物じゃないんで。えっと、勝手にあげてしまってすみません」
わたしが頭を下げると、女性がゆっくりとこちらに歩いてくる。
スカートの足元にしがみついていた女の子たちも、引きずられるようにしてこちらにやってきた。
「それはかまいません。こんなところにチビたちがいたから、随分心配させてしまったようで、申し訳ありません」
「えっと、近くにどなたかがいらっしゃるかとは思ったんですが、場所が場所だったので……」
そこまで言ったところで、森の中にどうしてこんな美人がって疑問が、やっと頭に登ってきた。
「このあたりには危険な動物たちは現れないんです。精霊の住処が近いからじゃないかと思うのですが。まあ、そのようなわけで、普段からこのあたりでチビたちを遊ばせているんですよ」
「普段から、ですか」
こんな森の中に?
「わたしたちはこの近くに住んでいるんです」
「そうなんですか……」
この辺に人が住んでるなんて聞いたことないけど、危険な動物が近づかないっていうのが確かなら、そういうこともあるのかもしれない。
「そうだ。よろしければ、わたしたちの家にいらっしゃいませんか? お礼にお昼でもいかがでしょう」
そう言って微笑まれて、なんだか断りづらい空気になった。
まあ森に出入りする身としては、このあたりに家があるんだったら場所を知っておきたい気もする。
とはいえ、他人の家にいきなりあがり込むのもどうなのか。
「突然おしかけてはご迷惑なのでは」
「そんな、遠慮しないでください。久しぶりのお客様でうれしいですし」
女の子たちの母親らしき女性は、そこでクスクスと笑った。
「うちのチビたちも、まだあなたと一緒にいたいみたいですから」
気が付くと、ふわふわの銀色の髪の女の子たちが三人、わたしの上着の裾をつかんでこちらを見上げていた。
サブタイトルの猫縛りはもう限界です……。(「音」は「ね」と読む模様)