ねこにまたたび、うしのこにみそ
「こんな小さな子がどうしてここに?」
思わずそんなつぶやきが口から漏れる。
草むらから半分身体を覗かせて、三歳くらいの女の子がこちらを見ていた。
いや、こちらっていうか、わたしの手元のお手製鹿せんべいを凝視している。
女の子はシンプルだけどしっかりした仕立ての白いワンピースを着て、足には短めのブーツを履いていた。
身なりはきちんとしてるし、特に汚れてるとか怪我をしてるとかそんな風でもなかったので、どこか近くに保護者がいるのかもしれない。
「これ、食べる?」
わたしが鹿せんべいを持った手を軽く上げると、女の子の視線が頭ごと追いかけてきた。
「ほしい?」
ためしに右側に振ってみると、すばやくそちらの方を向いた。
「こっち来てくれたらあげられるんだけどなー」
今度は手を左右にゆらゆら揺らすと、女の子の頭もゆらゆらと揺れた。
だめだ。
なんだか楽しくなってきてしまった。
「ほら、沢山あるからいっしょにたべようよ」
さらに追加の鹿せんべいをとりだすと、小さな女の子はふらふらと草むらから出て、こちらにやってきた。
「お、来たね。じゃあはい、どうぞ」
わたしが鹿せんべいを差し出すと、とてもちっちゃな手がおずおずと伸びてきて、しばらく迷うように止まってから、ゆっくりと手にとった。
「よしよし、たんとおあがり」
女の子はすこしだけ手に持った鹿せんべいを見詰めていたけど、なにかを確かめるみたいに一口だけかじった。
ちいさな口元がむぐむぐと動き、のどが口の中の物を飲み込むと、今度は齧歯類みたいに勢いよく食べ始めた。
「気に入ったみたいでよかったよ」
わたしは女の子の姿を観察しながら、これからどうしようか考える。
とりあえず、話を聞いてみる?
小さな子供がどこまで説明できるかはわからないけど、もし保護者とはぐれているんだったら助けてあげた方がよさそうだ。
「あわてなくても、まだあるからね」
そう言ったところで、ふたたび草むらがガサリと揺れた。
「え?」
ビックリしてそちらを見ると、長い銀色の髪をした女の子が顔を出している。
見た目は、今鹿せんべいを食べている子とそっくりだ。
「もしかして、姉妹?」
女の子の視線は、無心に鹿せんべいを食べている子の方を向いていて、動かない。
「えーっと、良かったら君も食べる?」
わたしがさらに鹿せんべいを取り出すと、女の子はとてとてと短い手を振りながらこちらに駆け寄ってきた。
そのまま鹿せんべいを差し出すと、今度は迷いなく受け取ってくれた。
「よしよし、たくさんあるからゆっくりとお食べ」
女の子たちはふたり並んでまったく同じ仕草で鹿せんべいをかじり始める。
どうみても姉妹っぽいけど、ふたりで目を合わせたりする様子はない。
背格好がまったくおんなじな所を見ると、双子だって可能性もあった。
「ねえ、近くにお父さんとかお母さんはいないの? もしかして、はぐれちゃったの?」
なるべく穏やかな口調を意識しながら話しかけてみたけど、ちらりと目線を向けてきただけで、すぐ元の姿勢に戻ってしまった。
この様子だと、食べ終わるまではこのまままかもしれない。
「クルッ」
女の子達の一生懸命な様子をながめていると、イナリが何かに気付いたみたいに鳴いた。
何だろうと思って、その視線の先を見る。
「もしかして、三つ子?」
ふたりとそっくりな女の子が、草むらからもうひとり顔を出していた。
さっきと同じように、もう一枚鹿せんべいを出してあげると、ぱたぱたとこちらにやってきて、二人に並んでかじり始める。
「まさかとは思うけど、五つ子とかじゃないよね?」
「クルッ」
わたしの言葉に、イナリが疑問の鳴き声を上げる。
「いや冗談だけど、でも、最初以外はぜんぜん気配を感じなかったからなー」
どうしてだろう。
三人とも同じような気配だから混乱したのだろうか。
それからしばらく、鹿せんべいを食べ終わるまで待ってみたけど、結局四人目以降は現れなかった。