猫の王様にあいにゆく
午前中のうちに村を出たわたしは、猫の王様のところに行くつもりで森に入った。
高い木々が陽差しを遮り、急に少し肌寒くなる。
思わず首をすくめると、マフラー状態のイナリが暖かい。
しばらく森を進み、そろそろ白狼を呼び出すために指笛を吹こうと考えたところで、アヤメお姉ちゃんからもらった呼び子笛のことを思い出した。
胸元から取り出して試しに軽く吹いてみると、思った通りのするどく甲高い音が鳴った。
「もしかして、指笛と音が似てるかな?」
「クルッ」
イナリが肯定っぽいニュアンスのクルッを返してきた。
「さすがに白狼は間違わないだろうけど、近くに誰か人がいたらまずいかもね」
何かトラブルがあった時の為の笛だから、今回の捜索に参加した人だったら、音に気付いて駆けつけてくるかもしれない。
「最近は王様の御所の場所ならわかるようになったし、ひとりで行ってみようかな」
「クルッ」
今度は、何かあったらわたしが守るよ、みたいな勇ましい感じのクルッだ。
「よしよし、ありがとありがと。よく考えてみればひとりじゃなくてふたりだよね」
「クルッ」
おやつ代わりに持ってきたお手製しかせんべいをイナリと分け合いながら、森の中を進む。
木漏れ日の中、大きな木の根を避けながら歩いていると、気分も明るくなってくる。
ちょっと前だったら熊と出くわしたらどうしようとか考えたかもしれないけど、今は自分が精霊になってしまったので、なんの不安もない。
動物は精霊に手を出さないし、なんだったら頼めばお願いをきいてくれることだってある。
前に屋敷の周りで子猫を探してた時、誰か出てきてって言ったら沢山小動物が現れたけど、あれもわたしが精霊だったからだろう。
そういえば、あのアナグマたちと遊んであげないとなって思っているうちに、おおきく開けた場所に出た。
そこだけ木々が生えていなくて、一面、わたしの胸くらいの高さの草むらになっている。
「クルッ」
イナリの鳴き声とほぼ同時に、わたしも妙な感じがして足を止めていた。
「何か、いる?」
じっと草むらを見詰めると、その中に何かが息を潜めているような気配がした。
なんの動物だろう。
「ねえ、誰かいるなら出てきてよー」
軽く声を掛けてみたけど、出てこない。
シャイな子なのかな。
「こんにちはー。こわくないから出てきなよー」
そう言いながら草むらに近づくと、気配がちょっと離れた気がした。
「もしかして、精霊だから逆に怖がられてるのかな?」
「クルッ」
今回は、どうだろうね? のクルッだ。
意識を集中し、頭の上にある光の輪を丁寧に廻す。
魔力を抑えて精霊の気配が漏れ出ないように気をつけてみた。
「ねえ、こわくないから出てきなよー」
気配を探りながら、草むらを回り込むように進む。
しばらく行くと手頃な倒木が見つかったので、その上にゆっくりと腰掛けた。
「ちょっと休んでおやつを食べようかなー」
「クルッ」
わたしのわざとらしいひとりごとに、イナリが調子を合わせてくれた。
上着の隠しから、さっきまで食べていたしかせんべいを再び取り出して、二人でこれみよがしに食べ始める。
「うーん、おいしー」
「クルッ」
ちらりと草むらに視線を向けると、気配が少し近づいてきている感じがした。
「今誰かが出てきてくれたら、いっしょにおやつを食べられるんだけどなー」
「クルッ」
そうやって、ゆっくりと鹿せんべいをつまんでいると、草むらがガサリと音を立てた。
背の高い青草をかき分けて、なにかがひょいと顔を出す。
子供だ。
銀色の長い髪の毛がふんわりと揺れる。
それは小さな人間の子供だった。