子猫のゆくえとものわかりのいい魔物
結論から言えば、子猫は帰ってきていなかった。
村長さんの屋敷に顔を出したら、使用人のおじさんがそう教えてくれたのだった。
敷地の中には大人が沢山集まっていて、どうやら犯人の痕跡を探している最中らしい。
ついでに赤ん坊の様子も見せてもらおうと思ってたけど、皆さんの邪魔になりそうだからさっさとその場を離れることにした。
「さて、これからどうしようか?」
「クルッ」
鳴き声の元気さ具合からみるに、イナリはやる気いっぱいみたいだ。
わたしのために頑張ってくれてるんだと思うととてもうれしい。
顎下を指先でわしゃわしゃとかき回して感謝の意を表してみると、イナリは気持ちよさそうに目を細めた。
「とりあえず当初の予定通り、村の人に聞き込みをするかなあ。でも、子猫は村長さんたちも探してくれてたみたいだしな」
そうなのだ。
こんな非常時なのに、村長さんは子猫のことも探してくれていたのだった。
出会った人たち皆に話を聞いていたみたいで、それを知ったときはちょっと申し訳ない気持ちになった。
わたしが領主の娘だから気を遣ってくれたんだろう。
こちらの配慮が足りなかったなって反省した。
これ以上むりに探さなくてもいいですって伝えたものの、どうやら村の多くの人々に話は伝わっているようだった。
追加情報がないか調べてみてもいいけど、誰かが子猫を見かけていたのなら既に連絡が来ていそうではある。
「そういえば、灰色の猫の様子もおかしかったよね」
「クルッ」
このあいだ会った時は、約束を完全に忘れてるみたいだったし、すぐにどこか行ってしまったし。
とにかく変なことだらけだ。
「誰かに相談してみようかな……」
こんな話をちゃんと聞いてくれそうな人か。
家族はちょっと難しいな。
今はみんな忙しいし、そもそも猫と話をしたなんて言うわけにもいかない。
となると、魔女の屋敷に住んでるミカヅキとかハンゲツとか?
もしくは森に行って猫の王様に話すか。
「そういえば、顔を見せに来いって手紙をもらったっけ」
たしか猫の王様がわたしに会わせたい客人がいるとかなんとか。
どんな人だろう。
普通に考えれば精霊だ。
わたしの知り合いだったら、王様もそう言うだろう。
初対面で、わたしに会わせたいと思うような精霊。
「なんだろう、この感じ」
「クルッ」
イナリがわたしの頬に鼻を寄せて、どうしたのって顔で鳴く。
「うまく説明できないんだけど、なんか変っていうか」
どうにも言葉にしづらい。
あえていうなら……。
「わたしの見てるこの世界が、なにかの拍子にぐるっとひっくりかえりそうな、なにかそんな感じ」
自分でもよくわからない感覚。
もしかしたら、ひっくり返るっていうのは、人間の世界から精霊の世界へってことなのかもしれない。
わたしはもう普通の人間じゃない。
ここにいるわたしは実は人の中では異物で、森の中に暮らす精霊たちと交わっている方が本来なら普通なのだ。
もうしばらくは、そんなことをするつもりはないけど。
「約束は行使される」
唐突に路地の奥から声が聞こえた。
反射的に振り向くと同時に、腰の短剣に手を掛けていた。
「行使されるのは暴力ではない」
「なんだ、あんたか」
思わずそうつぶやきながら警戒を解く。
壁際の地面に小さな黒猫がいて、尻尾を立ててこちらを見ていた。
まあ、魔物相手に警戒する分には問題ないともいえるけど。
今回は全く気配を感じなかったので驚いてしまった。
いままでだったら、ミャオスが近くに来ればだいたい気づけたんだけど、ここまで気配を隠せるとは知らなかった。
もう少し近づけばわかったかな。
今後のために、この距離感を覚えておこう。
「約束は忘れ去られず、今すぐ行使される」
黒猫の魔物はぼそっと要求を続けてきた。
たしかに約束では、灰色の猫の居場所を教えてもらう代わりに、マゴット家の中に入れさせるって話だった。
「もちろん約束は覚えてるよ。でも、このあいだも言ったけど、いまちょっとゴタゴタしてるから無理なんだって」
わたしが前と同じような答えを返すと、ミャオスはこちらをじっと見詰めた。
「約束が履行される日は決定される」
ミャオスの言い回しはわかりづらいけど、いつ連れて行けるか教えろってことかな。
前は今すぐ連れてけってぐずったのに、なんか今回はあっさりと退いたな。
「わかったよ。色々確認する必要があるから、日程を決めたら伝えに行くから」
「それでいい」
この期に及んでさらに後にまわしたけど、ミャオスは特に文句をいうでもなく、ふいっとそっぽを向いてそのまま歩き去って行った。