猫のまものの言い分
日が傾き掛けた頃にわたしは村へ入った。
赤ん坊の捜索は続いているようで、ここまでの道中でも何度か騎馬の姿を目にしていた。
村の中も普段より人通りが多く、どうやら数人でグループを組み、あちこち確認して回っているらしい。
「広場であの猫と落ち合う約束してたけど、まだ人が残ってるんだったらやっかいだね」
「クルッ」
相槌を打ってくれたイナリの顎下を撫でながらメインストリートを進む。
遠目に見える広場にも複数の人影があった。
このまま入っていいものだろうか。
広場の隅で猫と顔をつきあわせてなにやら話し込んでいる十歳の女の子の姿は、不審がられる可能性がある。
まあ単に猫をかわいがっているように見えるだけかもしれないけど。
「ミュオスがここに来ている」
広場の手前の道で、突然声をかけられた。
ちょっと前から魔物の気配を感じていたから、おどろきはしない。
「なんか用なの?」
短い黒髪の少女に向かってそう言う。
意図的に言葉づかいはぶっきらぼうにした。
コントロールが必要だった。
確認したいことがあるんだけど、あまり魔物に借りを作りたくない。
向こうから話しかけてくれるんだったらそれを利用するつもりだった。
「ミュオスは領主の屋敷を訪れる権利を行使する」
「え、今?」
思わず声を上げると、ミュオスはこっくりと頷いた。
「これから日も落ちるのに?」
「ミュオスと刻限は関係ない」
反射的に何でと訊きそうになって、言葉を飲み込んだ。
この魔物が素直に答えるとも思えなかった。
何か思惑があるのは間違いない。
人が出払っているマゴット家の屋敷に来て何をするつもりなんだろう。
単に人目を避けて動き回りやすいってことなのかもしれないけど、だとしてもよく考えればこちらにメリットはない。
「無理無理。いま色々あって忙しいから、そんな時に屋敷に入れられないよ」
「クルッ」
イナリも同意の鳴き声を上げてくれた。
「ミュオスは人の事情と関係ない」
「関係あるよ。許可するのはこっちなんだから。いつでもいいとは言ってないし」
目の前の黒髪の少女が無表情のまま黙った。
約束の内容を思い出そうとしているのか、何か別の手を考えているのか。
相手が何か言う前に、わたしはミュオスを軽く睨み付ける。
「そもそもわたしたちが忙しくなって、こんな風にみんなが右往左往してるのは、あんたがなんかしたせいじゃないの?」
「ミュオスは何もしない」
あっさりとそう答えられた。
しかし、魔物の仕業だと考えれば、たいていの面倒くさい問題は解決するのだ。
「村長さんの家から赤ん坊を連れ去ったんじゃないの?」
「人とミュオスと関係ない」
普段とまったく変わらない口調でそう言う。
もしかしたら本当なのかもしれないけど、魔物だから動揺とかはしないだろうし、実際の所はわからない。
「もし今回の騒動を起こしたのがあんただったら、約束は破棄するから」
「約束は破棄されない」
わたしはミュオスの顔をじっと見詰めた。
「そうやってつっぱってるけど、うちの屋敷に来たいんだったら、あんたには自分の潔白を説明する義務があるからね」
ミュオスが目線をあげてわたしの顔を見る。
しばし、お互いににらみ合う形になった。
「ミュオスは何も起こさない。赤ん坊は興味を持たれない。子猫の顔は既に知られている。ミュオスには理由がない」
「じゃあ、あんたが赤ん坊を探してきてよ。そうしたら信じてあげる」
わたしがそう言うと、黒髪の女の子が眼をスッと細めた。
睨んでいるというよりも、なにか考えているような顔。
そして、ぽつりと小さな声で、よくわからないことを言った。
「ミュオスの領分から外れることは難しい」