赤ん坊捜索隊と猫との約束
わたしがマゴット家の屋敷に戻ると、訓練場のあたりを沢山の大人たちが駆け回っていた。
馬小屋から鞍を着けた馬たちが引き出されているところをみると、これから皆で赤ん坊を探しに出るらしい。
実際には、人攫いを探すってことなんだろうけど。
「カナエ! 戻ったか!」
屋敷の方から父様が大股で歩み寄ってきた。
「はい。詳しい話が必要ですか?」
「今は時が惜しい。特に注意すべきことはあるか?」
うーん、知らないと困る話ってことだろうか。
「特別な情報はないですけど」
「わかった。では行ってくる。アヤメを残すから、知っている限りのことを説明してやってくれ」
父様はそう言いながら、従者が連れてきた馬に飛び乗ると、そのまま門を出て行った。
数頭の騎馬がそれに続く。
特に見送りはいらないだろう。
アヤメお姉ちゃんを探してあたりを見回すと、屋敷の扉近くにその姿があった。
「お姉ちゃん!」
「おかえり、カナエ」
声を掛けると片手をあげてわたしを迎えてくれた。
「父様がお姉ちゃんに状況の説明をしろって」
「わかったよ。とりえず中で、座って話そう」
わたしたちは屋敷の中に入って、二階の大部屋で話をすることにした。
けっこう急いで帰ってきて、喉が渇いていたせいか、淹れて貰ったお茶がおいしかった。
状況を説明している間、お姉ちゃんは何度も頷いて話を聞いていたけど、終わった後はしばらく無言だった。
「赤ん坊が消えた部屋はどう考えても人は外に出られない状況だったと思うんだけど、お姉ちゃんどう思う?」
試しにそう訊いてみると、お姉ちゃんはきょとんとした顔でこちらを見た。
「別に何も」
「だって、赤ん坊が消えたなんて、不思議でしょ?」
わたしがさらに言っても、まったく気にした様子はない。
「そこは重要じゃないよ。消えたように見えようがなんだろうが、どこかに赤ん坊はいる。問題はそれをどうやって探すかだよ」
きっぱりとそう言い切られると、たしかにその通りという気もする。
赤ん坊が見つかりさえすれば、消えたときの状況なんてどうでもいいということなんだろう。
事件の状況から手掛かりを見つけるよりも、犯人の逃げ道を塞ぐ方法を考えた方が話は早いのかもしれない。
「じゃあ、お姉ちゃんはこれからどうするの?」
「わたしはここで待機かな。持ち帰られた情報をまとめて、今後の方針を考えて父様に連絡する係だから」
なるほど。
父様が現場の陣頭指揮を執り、お姉ちゃんが後方で作戦を立てるって形なのか。
ちゃんと考えられているみたいで、ちょっと感心した。
「そうだ。わたしちょっとあの村まで出かけてくるから」
「出かけるって今から?」
お姉ちゃんはちょっと意外そうな顔をした。
でも、夕方に村の広場で灰色の猫と会う約束をしてるんだよね。
とりあえず子猫を探しの状況を報告しないといけない。
「元々、別の用事があったから」
「猫を探してたんだっけ? 村長さんの家にいたの?」
そういえば子猫の話はしてなかったな。
まあ、細かいところは必要ないだろう。
「だいたいそんな感じかな」
「今は忙しいだろうから、邪魔をしちゃだめだよ」
お姉ちゃんが珍しくちょっと保護者っぽい顔をして言った。
「大丈夫だよ。周りを見て回るくらいだから」
「うーん、だったらこれを持っていって」
そう言って、紐が付いた短い木の棒みたいなものを取り出した。
受け取ってよく見ると、棒には穴が開いていて、片側が細く削られている。
「これって笛?」
わたしの言葉にお姉ちゃんが軽く頷く。
「今回は探しに出た皆にこれを持たせてる。赤ん坊の手掛かりを見つけたときに使う呼子笛なんだけど、何かあったら吹いて。近くに誰か居れば駆けつけてくれるから」
防犯ブザーみたいなものかな。
まあ、誘拐犯がいるかもしれないところに、子供をひとりで行かせるのが不安なんだろう。
行くなと言われないだけよかったかもしれない。
「わかった。ありがとう」
わたしが笛を首に掛けると、イナリがそちらに鼻を寄せてきた。
よく見えるように笛をつまみ上げてやると、しばらくクンクンと匂いを嗅いでから、満足したのか元のマフラー体勢に戻る。
笛を胸元に収めたわたしは、勢いよく椅子から降りた。
「じゃあ出掛けてくるけど、そんなに遅くはならないと思う」
「気をつけて行っておいで」
そう言って、お姉ちゃんはにっこりと微笑んでくれた。