子猫はどこにいった
村に到着した頃にはもうお昼前になっていた。
とはいえマゴット領では太陽はそこまで高く登らない。
今日は市のない日で、村の中央にある広場も比較的静かだ。
人も屋台もまばらだからあたりの様子がよく見える。
とりあえず、猫も犬も姿は見かけなかった。
「よっと!」
隅に置きっぱなしになっていた木箱に飛び乗るように腰掛けて、今後の方針を再確認する。
「子猫の行方を探すとして、何も考えずに歩き回っても仕方ないよね」
「クルッ」
こういう時、かならず相槌を打ってくれるイナリがありがたい。
「猫たちの界隈では既に何日も探し回ってるんだし、こちらも同じことをする必要はないかな」
「クルッ」
わたしはイナリの鼻先にピシッと指先を押し当てる。
「では、どうするのがいいでしょうか? はい、イナリ君」
「クルッ」
わたしのむちゃぶりに、イナリが勢いよく背筋を伸ばして答えた。
たぶん、自分もがんばって探すよって言ってくれてるんだろう。
「おお、やる気があるのはいいね。いざとなったらお願いしようかな」
「クルッ」
指先でイナリの顎下をくすぐると、気持ちよさそうに目を細めた。
「とはいえ、今、わたしたちがやるんだったら、一番良いのは沢山の人に聞き込みすることだと思う」
「クルッ」
なんで? って聞くみたいな雰囲気の鳴き声だ。
「たぶんこれだけ探して見つかってないってことは、猫たちの目の届かないところにいる状態なんじゃないかな」
だから、人間に聞き込みをする。
「村の外にいるのでなければ、村の中の、建物の中にいるんだと思う。つまり、誰かに拾われて家の中で飼われてるんじゃないかってこと」
「クルッ」
イナリが納得の鳴き声をあげた。
なにせ小さな子猫だし、家から出さないようにしている可能性は高いと思う。
迷子の子猫を拾ったのが親切な人であることを祈りたい。
「そんなわけで、まずはこの村の猫事情にくわしい人のところに行ってみようか」
「クルッ」
方針が決まったので、わたしたちは村のはずれにある薬師のおばあさんの家に向かった。
例の村の猫たちにくわしいおばあさんだ。
前回は一発で手掛かりが見つかったけど、さすがに今回もすぐ正解を得られるとは思っていない。
それでも、猫を飼っていそうな人たちを紹介してもらったり出来れば、かなり助かる。
子猫を飼ってる人がその中にいれば話が早いけど、いなくても何か噂話を聞いていたり、子猫の飼育相談を受けたりしてるかもしれない。
そこを足がかりにして、村での聞き込みを進めようという思惑だった。
「子猫ということでしたら、いちおう知っておりますな」
薄暗いお店の中、薬師のおばあさんがあっさりと言った。
「えっ、本当ですか!?」
「勿論でございますよ。村長の家で子猫を飼い始めたと、先日、使用人が薬を買いに来たときに話を聞きましたので」
なんだこの情報網。
ほんとにこのおばあさん、村の猫事情にくわしすぎる。
「村長さんの家で飼ってるんですね?」
「ええ、そのような話でしたねえ。どうも子猫を飼うのは初めてらしく、何を食べるのかなど、飼い方をいろいろ尋ねられました」
そうか、猫に詳しいから、逆に情報が集まってくるのか。
「ただ、色が灰色だったかはさだかではなく。もっと詳しく聞いておくべきでした。申し訳ございません」
「いえ、最近子猫を飼い始めたってお話だけでも、とても助かります」
頭を下げてくるおばあさんに恐縮していると、ふと何か思いついたって顔でこちらを見た。
「とはいえ、あの灰色の猫に子供が生まれたとは知りませなんだ」
「そういえば前に聞いたお話にも子猫は出てきませんでしたね。いっしょにいるところを見ませんでしたか?」
おばあさんは何か思い出そうとするように、遠くを見るような顔をした。
「わたくしが見た時はいつも一匹でしたなあ」
「外に出歩けるようになって、すぐ迷子になったのかもしれませんね」
わたしはおばあさんに村長さんの家の場所を教えてもらうと、あらためてお礼を言ってからお店を出た。
その最近飼い始めたって子猫が、灰色だったら話は早いんだけどな。