子猫探しとぞくぞくやってくる動物
翌朝、朝食を終えてから外に出たわたしは、念のため、屋敷の周りに子猫がいないかを確認することにした。
ちょっとした陰の中も見落とさないように、ゆっくりと建物の横を進んでいく。
「うーん、やっぱりいないかな?」
「クルッ」
肩の上からぬっと背中を伸ばしたイナリと目が合う。
もうちょっと探してみよう、そんな雰囲気だ。
「だれかいたら出てきてー」
大声を出すと人に聞かれそうだから、ちょっと押し殺した声を出す。
なんだか矛盾した行為な気もするけど、他に方法はない。
「キュシュッ」
足元に何か飛び出してきたのでよく見ると、小さなアナグマだった。
「ごめん、君のことじゃないんだ」
せっかく出てきてくれたのに申し訳ない。
すみやかにお帰り願うことにしよう。
「シャウウ」
時折こちらを振り返りつつ、アナグマはとぼとぼと帰っていった。
今度会ったときは遊んであげよう。
心の中でそう思いつつ、小さく手を振って見送った。
こんな調子でひと通りまわってみたところ、屋敷周辺に住んでいるらしい小動物たちが何故かぞくぞく現れて元気に顔を見せてくれたけど、やはりこのあたりに子猫はいないようだった。
そういえば、家族も使用人のひとたちも、子猫のことは知らなかった。
見たこともないということらしい。
もしかしたら、灰色の猫は村のどこかで子供を産んで、こちらには連れてきていないのかもしれない。
ちなみに、子猫は見付からなかったけど、黒い犬はいた。
庭園の向こうにある広場で、リンドウといっしょに遊んでいるようだった。
最近、こういうことが多い。
リンドウが投げた木の枝を、黒犬が走って取りに行く。
ここからでは遠くて、どんな会話がなされているのかはわからない。
去り際にリンドウがこちらに気付き、大きく手を振ったので、わたしも手を振って返した。
黒犬はわたしの妹の横で、じっとこちらを見ていた。
そのままマゴットの屋敷を出て、村に向かう。
気持ちよく晴れていて、今日は結構あたたかい。
こういう時、イナリがマフラー状態だと暑いかとも思ってたけど、このあたりはそこまで気温も上がらないから平気だ。
むしろ、何故かちょっとひんやりしていて心地よかった。
もしかしたら何かの魔法なのかもしれない。
「クルッ」
突然イナリが鳴いたので、思わず立ち止まる。
ちょっと遅れて、わたしも気配に気付いた。
道を外れて少し行った所、森の入り口あたりに白い動物の姿が見える。
「白狼?」
冬には雪走りとも呼ばれる白い毛の狼だ。
基本的に人には恐れられていて、姿を見られたら弓矢で追い立てられるので、この辺りに出てくるのは珍しい。
こちらを見詰める視線になにか物言いたげな空気を感じて、森の方に向かう。
近づくと、白狼はそわそわとその場で輪を描くように廻った。
「このあたりに来るなんて珍しいね。どうかしたの?」
「ハハウハウハフ」
頭を下げて、うれしそうにすり寄ってきたので、背中をわしわしと撫でてあげた。
「クルッ」
肩の上のイナリがひと声鳴くと、ハッとした顔で一歩離れる。
そして、白狼はその場で姿勢良くお座りした。
すると首に何かが結びつけられているのが見えた。
「首輪かな?」
手で探ると、革製のベルトと筒状の物入れがあるのがわかった。
「もしかして、これを持ってきてくれたの?」
「フフハウフフウ」
なんとなく肯定の気配を感じて、筒を取り外す。
革紐で閉じられた蓋を開けると、中には羊皮紙の手紙が入っていた。
「もしかしなくても、王様からだよね」
「ハウハハウ」
流麗な筆跡で、時間があったら森に来るようにと書かれていた。
どうやら王様の居城にお客様が来ているらしく、その人を紹介したいということらしい。
お客を紹介するってことは、わたしが知ってる人じゃないんだろう。
まあ精霊で知ってるって言えるのはコナユキくらいだけど。
数日滞在する予定だから都合が合えばとのことだった。
「うーん、すぐに顔を出したいけど、今日明日はその余裕ないかも」
筒の中に携帯できるペンとインク入れがあったので、それで返事を書いた。
「じゃあ、これを持って帰ってくれる?」
「フフハハフハフ」
白狼は大きく尻尾を振ると、なめらかな動きで森の中へと入っていく。
木々の間にチラチラ見え隠れする白い姿を見送ってから、わたしはあらためて村へ向かって歩き始めた。