猫に手を貸したい
「もしかして、最近屋敷にいなくてこの町の方に来てたのは、子猫を探してたんでしょうか?」
「ヤオン」
灰色の猫の鳴き声は、わたしの問いを肯定していた。
たぶん、自分の子供が迷子になったってことなんだろう。
「だったら、探すのを手伝わせてください。この辺の猫について詳しい人も知ってますし、役に立てると思います」
元々はあの日のことを謝るために会いに来た訳だけど、さすがにこの状況を放ったまま話を進めることはできない。
まずは子猫を探し出して、落ち着いたところであらためて話をしよう。
「えっと、どうでしょうか?」
灰色の猫がぴたりと動きを止める。
なにかを考えるかのような間が開く。
「ヤオン」
ぽつりと、肯定の鳴き声が返ってきた。
「じゃあ、あの、なにか手掛かりとかありませんか? いなくなった理由にこころあたりは?」
「ンナー」
否定の返事。
「いなくなったのに気付いたのはどこですか? 村の中でしょうか?」
「ヤオン」
頭に浮かぶイメージ。
村の中央広場で開かれている市。
そこを歩く灰色の猫の親子。
いつしか、それが親猫だけになっている。
「市の雑踏で迷子になったってことでしょうか?」
「ヤオン」
なるほど。
だとしたら、この村を中心に探し始めるのがよさそうだ。
「えっと、じゃあこれから調べ始めるんで、また明日のこの時間に報告に来ても良いですか? 場所は集会してるところだとわかりづらいから、出来れば広場のあたりで」
すると灰色の猫はフイッとわたしに背中を向けた。
そして、立ち去る間際に「ヤオン」とひと声鳴いたのだった。
猫がいなくなってから、わたしはちょっと悩んでしまった。
もしかして、手伝いを申し出る前に謝った方が良かった?
なによりも謝罪が先、という気がするし、助けた後で謝ったら相手側も許すしかなくなるって感じもする。
それはやっぱり押しつけなのでは。
「どこかのタイミングで早めにあやまろう」
「クルッ」
こういう時、元気づけてくれるイナリの存在がありがたい。
とりあえず子猫を探すって決めたんだから、今はそれを考えようって前向きな気持ちになった。
「まず薬師のおばあさんに話を聞いて、あとは他の猫に……ってこの辺はもう調べられてそうだね」
「クルッ」
数日前から灰色の猫を屋敷でまったく見かけなくなったのは、たぶん子猫を探して村に来ていたってことなんだろう。
その位の時間があったら、猫の間の情報網は調べ尽くされてるんじゃないかな。
「だとすると、猫じゃ調べられない所からアプローチした方がいいかも」
あのおばあさんに限らず、人間を中心に聞き込むのがよさそうだ。
それ以外の情報源だと、あの黒猫の魔物とか?
もう交渉の条件は満たしてしまったし、これ以上の要求となるとなにか代価が必要になるかもしれない。
考えてみれば、あの魔物も猫たちの情報網を利用しようとしていたわけだし、あまり良い結果は出ないような気もする。
色々調べて、他に手がなくなったら話を聞くって方向でいいかな。
「クルッ」
イナリが何か伝えたそうに鳴いたので周りを見ると、もうすっかり夜になっていた。
さすがにこの時間から話を聞いて廻るわけにもいかない。
「まずいな。もう屋敷に戻らないと」
「クルッ」
わたしの言葉に満足そうな感じでイナリが鳴いた。
「教えてくれてありがと!」
指先でイナリの顎下をくすぐりながら、わたしは村の外に向かって走り始めた。