くらやみのなか猫を追う
もう陽は完全に落ちていて、路地を流れてくる風も肌寒い。
濃紺に染まった暗闇の中、魔力を使って眼を凝らす。
色々な種類の沢山の猫たちが、思い思いに道のあちこちに座り込んでいる。
その集会の中から、目的の猫を探す。
ミュオスは我関せずで、もうこちらを見ようともしない。
手前にいる猫から、なるべく威圧感を与えないように、さりげない目線で確認していく。
音を立てないように、皆を驚かせないように、ゆっくりと路地を進む。
こう暗いと色はわかりづらいけど、大きさや毛皮の柄が違えば確実だし、それになんというか、それぞれ雰囲気が違うように思える。
今までだったらそっくりに思えた同じ色の猫も、今は全く違って見える。
もしかしたら、これも猫の王様がくれた腕輪の効能なんだろうか。
そうやって猫の集会の会場を半ばまで進んだところで、一匹の猫が目に付いた。
見つけた。
うちの屋敷によく来る灰色の猫だ。
座ったり寝転んだりしている猫たちの中を、ゆっくりとこちらに歩いてきている。
今集会に来たところなのだろうか。
時折、道端にうずくまっている猫に近づいては離れるような、妙な歩き方をしている。
「あのー、こんばんは?」
わたしがおずおずと声を掛けると、灰色の猫の足取りが止まった。
じっとこちらを見ている。
「ちょっとお話させてほしいんですけど」
しゃがんで目線の高さを合わせようとすると、灰色の猫が逃げ出した。
「あ、ちょっとまって!」
あわてて追いかけたけど、これって逆効果かも、と思う。
でも他に選択肢はない。
猫の姿を追って路地を進む。
暗闇の中、なんども角を曲がって。
もう自分がどこにいるのかわからない。
たぶん、集会の場所にも戻れないだろう。
「お願いだから逃げないで!」
わたしの声に、猫が足を止めた。
何かあればすぐに逃げ出せるように、顔だけをこちらに向けている。
「ちょっとお話ししたいだけなの」
わたしは通路の隅に腰を下ろす。
なるべく直接猫の顔を見ないように気をつけて、視界の端に灰色の猫を捕らえる。
「お願いだから……」
警戒を解いて、猫がこちらに向かって歩いてくる。
何かあれば逃げ出せる。
それくらいの距離を置いて、すっと地面に座った。
わたしは左手首にはめた猫の王様のお守りを意識する。
もしかしたら、これのおかげで猫は立ち止まってくれたのかもしれない。
ありがたいような、申し訳ないような微妙な気持ちになった。
「あの、わたしのお話、聞いてもらえますか?」
「ンナー」
短く、猫が鳴いた。
否定的な響き。
なんとなく、そう思った。
「そこをなんとか。あ、ごはん食べますか? ちょっとだけ持ってきてるんですけど」
「ンナー」
脳裏に、妙なイメージが浮かんだ。
赤色の感情。
これは焦り?
それと、この猫に似た雰囲気の、灰色の子猫。
もしかしたら、これもお守りの腕輪の力なんだろうか。
「もしかして、子猫を探してるんですか?」
「ヤオン」
その鳴き声には肯定的な響きがあった。
猫の日にまにあいませんでした。