猫ネゴシエーション
「そもそもミュオスは理性的な魔物」
わたしの腕の中で、黒猫はぷいっと視線を外した。
「交渉には暴力が行使されない」
「魔物なのに?」
そんなことってあるだろうか。
「暴力が警戒心を生む。乱暴なよそ者は猫の仲間になるのが難しい」
「仲間って話だったら、魔物は眷属を作るじゃない」
ミュオスはチラリと視線をこちらに向ける。
「猫の魔物は猫の眷属を持たない。猫の精霊とは違う」
もしかして、わたしのことを猫の精霊だと思ってるのかな。
そんなことをふと思った。
王様のひげで出来た腕輪をつけてるから、その影響なのかもしれない。
「精霊だって眷属は作らないでしょ」
「ここでは正当な交渉がなされる」
私の言葉を無視して、黒猫の魔物は宣言するように言った。
でも、まったく安心できない。
「その交渉をやめてよ」
「理由は存在しない」
理由があればいいのか。
「だったらわたしと交渉しよう」
黒猫は訝しげにこちらを見た。
「交渉には様々な種類がある」
「あんたがマゴット家の敷地に入るのは許さないけど、一度だけ例外で屋敷に連れて行ってあげる。その時に満足するまで見て回ればいいよ」
あまり歓迎は出来ないけど、日常的にうろつかれなければそれでいい。
「なわばりの問題が存在する」
客人として招かれたとしても、猫が別の猫のなわばりには入れないってことか。
でも、それなら解決策はある。
「だったら猫の姿でなければいいじゃない。どうせあんたも人間の形になれるんでしょ? よっぽど不気味でなければ、人の姿で来ても問題ないよ」
わたしが腕の拘束を緩めると、スルリと地面に降り立った黒猫は、そのまま髪の短い女の子の姿になった。
声のイメージからも子供だと思ってたけど、予想通りだ。
身長はわたしより頭ひとつ分高いけど、これだったらみんなに村で知り合った子だと言っても信じてもらえそうだった。
ただ、日に焼けたみたいな赤銅色の肌と黒髪の組み合わせは、ここでは異国人のようにも見えるから、ちょっと珍しがられるかもしれない。
「訪問する権利は二回分必要」
少女は無表情のまま言う。
しれっと要求をつり上げにきている。
「なんで?」
「どんな者にも何らかの都合がある」
なんだろう。
言えないようなことなのだろうか。
ちょっと嫌な感じがする。
とはいえ、禁止しなければ勝手に何度もやって来ただろうし、そもそも同じ魔物のカザリはずっとマゴットのお屋敷にいたのだ。
こちらの監視下だったらむしろ安心かもしれない。
まあそうは言っても、ただで条件を飲むっていうのもいかがなものか。
「じゃあ、そのかわりうちの屋敷の猫が今どこにいるか、知ってたら教えてよ。ちょっと探してるんだけど」
「猫の情報は与えられる」
少女の姿をした魔物がこっくりと頷く。
「どこに行けば会える?」
「本来、決まった場所がない。しかし、夕方であれば、案内される」