女性騎士の正体
「コナユキ、おいとまいたしますよ。こちらへ来なさい」
「あうぅ」
イケメン女性騎士がスッとコナユキの方に手を伸ばす。
それを見て、わたしの胸の中の子狐がグッと身体を硬くした。
怖がってる?
わたしはあらためて騎士姿の女性を見た。
絶世の美女になった森の王の横で、颯爽とした姿でこちらに手を差し伸べている様は、それだけ見ると立派な騎士のように思える。
ただ、やはり魔物と同じ光の輪を、その頭の上に乗せていた。
前に見たマントお化けみたいなあからさまに嫌な感じはしないけど、不気味さと迫力は段違いだ。
光の輪の大きさは、コナユキと同じくらいはあった。
つまり、前にイナリが警戒していたマントお化けよりも格段に大きい。
実際、肩の上のイナリも臨戦モードだ。
光の輪さえ見なければ、凜々しくてかっこいいんだけどなあ。
耳を低くしてちょっと緊張するコナユキを落ち着かせるように、抱きしめる力を少し強くした。
「その者はここに置いていくが良かろう」
絶世の美女の姿をした猫の王があっさりと言う。
「我を訪ねてやってきたのだ、こちらで面倒を見ることにする」
「そうですか」
魔物らしき女性騎士はあっさりとそういうと、軽く肩をすくめた。
「その方はこれからどうするのだ」
「私はしばらく森の中を検分させていただきます」
「ふん。まあよかろう。約定もあることだからな」
絶世の美女が眉根を寄せて不機嫌そうに言うと、頭の上の黄金色の光の輪が軽く光の粒を飛ばした。
「それではコナユキ、私は暫くおいとましますが、数日後にまた来ますので、一緒に帰るならその際に言ってください」
「あぅ、は、はい」
わたしの腕の中で、コナユキがおずおずと返事をすると、女性騎士は微笑みを浮かべながら頷いて、颯爽と船着き場の方へと歩いて行った。
森の王もこちらの方は一切見ずに、魔物らしき女性騎士の横で平然とした態度でついて行く。
わたしは白い狒々の執事さんに言われたとおり、なるべく何も言わず、目立たないように空気になったつもりで、気配を殺しながら見送った。
「もうよろしいでしょう」
執事さんがわたしに声をかけてきた。
わたしは軽くため息をつく。
突然だったので、結構緊張した。
同時に、腕に抱えていたコナユキの身体から、ふっと力が抜けるのがわかる。
脱力すると、子狐の身体はちょっと重く感じた。
わたしがなんとなく頭をなでると、コナユキはリラックスしたように眼を細める。
「あれがコナユキをここまで連れてきてくれたカザリさんって人?」
「あ、うん。そうだけど」
「その人、魔物だったんだね」
「そうだけど、一目見ただけでよくわかったね。すごいなあ」
「すごいってこともないと思うけど」
「ううん、普通あそこまで見事に変化したものの正体はなかなか見破れないよ。わたしみたいな中途半端な変化ならともかく……」
実はその変化にはまったく気づけなかったんだけどね。
でも、今回色々見たから、これからはわかるかもしれない。
動物や精霊達と人間とでは、光の輪の色合いがちょっと違うようなのだ。
まだ自信はないけど、たぶん見分けられる気がする。
人間で魔力が極端に強い人を見たことがないから、もしかしたら見分けられない可能性もあるけど、普通の人ならなんとなくわかりそうだ。
「クルッ」
「はう。そうだね」
子狐姿のコナユキはわたしの手の平に耳のあたりをこすりつけていたのをやめて、ピョンと地面に飛び降りると、ふたたび人間の姿になった。
どうにも、精霊が人間の姿をとる基準がわからない。
コナユキが狐の耳と尻尾を見せた時は恥ずかしそうにしてたけど、さっき子狐姿で抱かれていた間は別にそんな感じでもなかった。
とはいえ、わざわざ人の姿になったってことは、やっぱりこの形態の方が良いんだろう。
さっきの猫の王様も人間形態だったし、何か理由があるんだろうか。
正体を隠したいとか?
どうにもよくわからないけど、ストレートにコナユキには聞きづらいと思った。
理由はさっきの魔物の女性騎士だ。
もしかしたら、魔物とはいえコナユキをここまで連れて来てくれた親切な人なのかもしれないけど、執事さんは何も話すなっていってたし、注意しておくに越したことはない。
コナユキとあの人に何か繋がりがあるんだったら、変にこちらの情報は漏らさない方がいいだろう。
わたしが何を知っていて何を知らないのかっていうのは、結構重要な情報なのだ。
「うむ、まだそこにいるな」
絶世の美女バージョンの猫の王が優雅な歩みを見せながらこちらに戻ってきた。
「コナユキ、その方はしばらく御所に泊まっていくが良い。それから、カナエは我に付いてくるように」
そういうと後ろも見ずに御所の中に入っていってしまう。
「それではコナユキ様は私がご案内いたします」
白い狒々の執事さんが軽く頭を下げる。
わたしはコナユキと森の王の方を交互に見る。
「じゃあ、また話を聞きに来るからね」
コナユキにそう言って、わたしは森の王の後を追って御所の中に入った。
絶世の美女がキャットウォークしてる後ろ姿が通路の奥に見える。
いつもの謁見の間の方向だったので、早足になって追いかけていくと、ちょうど部屋の中に入るあたりで追いついた。
人間形態の猫の王様はすらっと足が長いから、子供の身体のわたしとは一歩の長さがまるで違ってて、追いつくのも大変だった。
「おまえはなかなかに間の悪いやつだな」
森の王がそういいながら、床の間みたいないつもの定位置に収まる。
その瞬間に絶世の美女は姿を消して、ライオンみたいに大きな長毛種の猫の姿に戻っていた。
「まずかったですか?」
わたしはいつも使っているソファに座りながら尋ねる。
「ああ、できれば避けたかったな」
「なぜです?」
「奴は異変を察知して、調査の為にやってきたのだ」
「異変、ですか」
猫形態の王様が鋭く眼を細める。
「魔力の異常な高まりを感じ取ったらしい。実に目敏いことだが、対策を講じておいて良かったな」
わたしは軽く胸元に手を当てて、隠しにしまってある小さな袋の存在を確かめた。
「それって、このメダルのことですよね」
「魔力を遮る小袋に入っているうちは大丈夫だろうが、取り出した途端に場所を知られるやもしれぬ」
森の王は苦虫をかみつぶしたような顔で言う。
なんとなく事情はわかったけど、もう少し細かい話も聞いておくことにした。




