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もふめだ もふもふないきものから運命を改変できるあやしげなメダルを手に入れた  作者: ゆーかり
猫の精霊とあらたなる逃走(仮題)
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猫たちのあつまるところ

「ようやく来た」


 夕焼けで真っ赤になった空の下、短い黒髪の少女がそう言った。

 細い路地の石畳は赤く染まっていて、その影はべったりとした黒だ。

 元々日に焼けたみたいな赤銅色だった少女の肌も、今は赤と黒のツートンカラーに塗り分けられている。


「言われた通りの時間だと思うけど」


 わたしはじっと少女を見詰める。


「案内してくれるんでしょ?」

「約束は守られる」


 細い首をこっくりと縦に揺らしてそう言う。

 ならいい。


「じゃあ、さっそく連れてって」


 わたしがそう言うと、少女は何も言わずに路地へ向かって歩いて行く。

 ついてこい、ということなんだろう。

 あたりの気配を探りながら、足早に追いかける。


「ルッ」


 首の周りでマフラー状態になっていたイナリが小さな声で鳴いた。


「大丈夫だよ」


 指先でその頬を擦りながら細い路地を進む。

 少女が全く足音を立てないせいで、わたしの足音だけが石畳に響いた。

 他には何の音も聞こえない。

 ここはマゴット家の屋敷からほど近い所にある大きめの村だ。

 市が立つせいでなかなか栄えていて、小さな町といってもいいかもしれない。

 村の中央にある広場の周辺は背の高い建物が密集していて、ちょっと迷路みたいな趣がある。

 うねうねと曲がる路地を足早に進む。

 そこまで広いわけはないはずなのに、妙に長く歩いている気がする。

 もしかしたら同じ場所をぐるぐる廻ってるんだろうか。

 そんなことを思ったとき、唐突に少女が足を止めた。


「ここからは、ゆっくり行く」


 目的の場所が近いんだろう。

 あたりの様子をうかがったその一瞬で、少女の姿を見失う。


「進まなければ辿り着かない」


 声は足元から聞こえた。

 そこには小さな黒猫がいて、こちらを見上げている。

 元の姿に戻ったらしい。


「猫になるならそう言ってよ」

「あたりまえのことに説明はない」


 黒猫は何事もなかったかのように前を向くと、路地の奥に向かってとことこと歩き始める。

 まあ、魔物に友好的な反応を求めてもしかたないか。

 あきらめて、足音を抑えながら後についていく。

 日も落ちてきて、あたりはかなり暗い。

 魔力で眼を強化してるから、見えないわけじゃないけど、ちょっと不安な感じが増してくる。

 しばらく進むと、黒猫がふたたび足を止めた。

 目を凝らすと、いる。

 路地のあちこちに、それぞれ間隔をあけつつ、様々な猫たちが座り込んでいた。

 お互い目を合わせないような位置取り。

 集まっているのに、コミュニケーションを避けているようにも見える。


「猫の集会だ……」


 思わず小さなつぶやきが漏れた。

 このあたりに住む猫たちのほとんどがここに集まっているらしい。

 わたしを案内してきた小さな黒猫の魔物は、もう役目は終わったとばかりに路地の隅に腰を下ろし、ゆっくりと毛繕いをはじめていた。


 そもそもの始まりは偶然だった。

 わたしは灰色の猫を探して、村まで足を伸ばしていた。

 以前、使用人からこの村で猫を見かけたという話を聞いたことがあったからだ。

 どうやらこのあたりまでが灰色の猫の縄張りであるらしい。

 市で賑わう広場を軽く覗いてから、猫がいそうな場所を探す。

 歩いていると、時折声を掛けられる。

 これでもいちおう、領主のお嬢様だからね。


「おやカナエさま。今日はお散歩ですか?」

「はい。良いお天気ですから」


 人の良さそうなおばあさんが目を細めてにこにこと笑いかけてくる。

 あまり噂を立てたくはないけど、ちょっと聞くくらいならいいだろう。


「あの、このあたりで灰色の猫を見ませんでしたか? お屋敷に良く来る猫なんですけど」

「ははあ、カナエさまは猫をお探しですか」


 何度も頷いて、なぜか感心したような反応をされた。


「会いたいんだけど見つからなくて……」

「おお、それはお困りでしょう。でしたら、このばあではなく、薬師のばあにきくべきですなあ」


 おばあさんの視線が村はずれの方を向いた。

 たしかそちらには、薬売りを商いとしているおばあさんが住んでいたはずだ。


「薬師のおばあさんですか?」

「あのばあは、猫のたぐいにくわしいですからなあ」


 なんで薬屋が猫に詳しいのかはよくわからなかったけど、お礼を言ってから、薬師の家に向かった。

 何度か前を通ったことがあるから、とくに迷うこともなく辿り着く。

 周りの家よりも古い造りの建物が、妙に明るい緑色に塗られていて、重々しくなりそうな印象をポップな方向にねじ曲げている。


「ごめんください」


 古い木の扉をぎしぎし言わせながら押し開けて、暗い店の中を覗く。

 とたんに複雑な匂いが鼻を突いた。

 ミントのような、香辛料のような匂いだ。

 壁一面に小さな引き出しの付いた棚が置かれ、天井からは紐で結わえられた薬草らしき物が吊り下げられている。

 部屋の奥にはカウンターのような長い机があって、そこに小さなおばあさんが座っていた。


「おやおや、領主様のお嬢さんではありませぬか。これは良く参られました」


 そう言って腰を上げた彼女の胸元に、黒い猫がいた。

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