表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もふめだ もふもふないきものから運命を改変できるあやしげなメダルを手に入れた  作者: ゆーかり
猫の精霊とあらたなる逃走(仮題)
137/191

そのまんまの部屋と猫の記憶

 わたしは大部屋を出ると、一階奥の今は使われていない部屋に入った。

 そこは結構大きめの寝室で、広い窓からは気持ちの良い陽光が差し込み、その向こうには屋敷の庭園が見える。

 使っていないといっても、とても丁寧に掃除されている。 

 ベッドも家具も昔のままで、今でも誰かがここで寝起きしているかのよう。

 父様のいいつけでこうなっているのだ。

 部屋を片付けるのが、ほんとうに嫌だったんだろう。

 ここは亡くなった母様の部屋だった。

 元々は二階にあった部屋から下に移ったのは、大好きな庭園を眺めたいからだと聞いた。

 改装は結構たいへんだったらしいけど、普段はあまりなにも言わない母様のたっての願いを叶えるために、父様がはりきったらしい。

 まだ小さかったわたしも、よくこの部屋に来ていた記憶がある。

 身体の弱い母様はいつもベッドに横になっていた。

 リンドウはまだ生まれてなくて、アヤメお姉ちゃんも騎士じゃなくて。

 父様やお姉ちゃんの膝の上に座って、母様に頭を撫でてもらったのを覚えている。

 そこに猫がいた。

 灰色のしなやかな身体と長い尻尾を持った猫だ。

 どうして忘れてたんだろう。

 窓の隙間から、カーテンを揺らして部屋に入ってきて、母様のベッドの上に乗った。

 丸くなった猫を細い手がゆっくりと撫でていた。

 そうだ。

 あの頃はもっと頻繁に屋敷にいて、皆がさわっても嫌がったりしなかった。


 同い年の友達なんだから、仲良くしなくては駄目よ。


 母様がそう言って微笑んだ。

 わたしはその猫が小さかった頃をしらない。

 物心ついた頃にはもう大人の猫だった。

 でも、どうやら同じ年の生まれだったらしい。

 そんなことも忘れていたのだ。


「父様が猫を避ける理由はわかった」

「クルッ」


 イナリが肩の上から身体を伸ばして、わたしの顔を覗き込むように鳴いた。


「大丈夫。なんでもないよ」


 そう言って、小さな耳の裏側あたりを指先で撫でる。

 イナリは片目を瞑って、わたしの頬に頭を擦りつけてきた。

 あたたかい。

 この子がいてくれて良かった。


「ここはね、母様の部屋なの。もうずっと前に亡くなってしまったけど」

「クルッ」


 やわらかいベッドの腰を下ろすと、腰がぐうっと沈み込む。

 シーツに手を滑らせると、その心地よい手触りで、洗い立てであることがわかった。


「思い出したんだ。昔ここには、あの灰色の猫がよく遊びに来てた。母様が猫好きで、猫も母様を慕ってた。その頃はわたしも猫とは仲が良かったと思う」


 肩の上から飛び降りたイナリが、クンクン匂いを嗅ぎながらベッドの上を歩く。

 さすがにもうあの猫の匂いは消えていると思うけど。

 でもこの部屋には、まだ母様の匂いが残っていた。


「母様が亡くなってからしばらくの間、毎日この部屋に入り込んでたんだ。父様は顔を見せなかったけど、よくアヤメお姉ちゃんがわたしを探しに来たんだよね」


 そしてたまに、ふたりでこの部屋で過ごすこともあった。

 何も言わずにずっと庭園を眺めていた記憶がある。


「そうしたらあるとき、あの猫が窓からするって入ってきたんだ。そのままベッドに飛び乗って、クッションの辺りをうろうろしてた。もしかしたら、母様を探してたのかもしれない」


 もうだれもいないのに。

 そう思ってしまったのがいけなかった。


「そしたら、なんだか腹が立ってきて、母様はいないから帰りなよって言って。それでも出て行かないから手で押したりして」


 子供がじゃれてきてる、くらいにしか思わなかったのかもしれない。

 そのまま大きなあくびをして、放っておいたらここで寝てしまいそうだった。


「いつまでも帰らないから、わたし、あの水差しを持ってきて、中身を猫に掛けたの。そしたらすごく驚いて、弾けるような速さで外に飛び出していった」


 何で忘れてたんだろう。

 いや、無意識に記憶を抑え込んでいたのかもしれない。


「だから、あの猫がわたしとか、子供たちを避けてるんだとしたら、それはわたしのせいなの」


 いつのまにかイナリがすぐ傍までやってきて、こちらを見上げていた。


「だからわたし、謝らないと」


 イナリは勢いよくジャンプして、わたしの肩の上まで駆け登ると、クルッと元気良く鳴いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ