長い犬を探しています
「カナエ姉様! 長い犬さんを見に行きましょう!」
お昼を食べ終わり、庭園の外れをブラブラ歩いていたところで、リンドウに呼び止められた。
「なに、その長い犬って?」
「さっきアヤメ姉様に聞いたんですけど、うちの犬舎に居るらしいんです。胴がとても長くて、蛇さんみたいな犬さんらしいんです」
ダックスフントみたいな?
でも、この世界でそういう犬種は見たことないけど。
さすがに蛇みたいに長いっていうのは大げさにしても、ちょっと足が短い犬が居るのかもしれない。
「新しくうちの犬が増えたってこと? そういう話は聞いてないけど……」
「とにかく見に行ってみましょう!」
興奮したリンドウに手を引かれて、わたしたちは犬舎へとやって来る。
ちょうど使用人が小屋の掃除を始めたところで、犬たちはまとめて外に出されていた。
「どれが長い犬さんなんでしょうか!」
「ちょっと。走ったら危ないよ」
わたしはリンドウの手を掴んで、いっしょに犬たちの前に進む。
「ホウワホウワワッ」
興奮した犬たちが、一斉にこちらに向かって突進してきた。
「キュッ!」
肩の上のイナリがひと鳴きすると、犬たちの動きがピタッと止まる。
「わっ、やっぱりイナリちゃんすごいです!」
そう言って、リンドウがイナリに手を伸ばし、指先で顎下を撫でた。
「あいかわらず上下関係はっきりしてるね」
「クルッ」
ちょっと誇らしげにイナリが鳴く。
わたしたちは、動きを止めた犬たちの間に入り、胴が長い犬を探す。
端から一匹ずつ見ていったけど、どこにもそれらしい犬はいない。
そのうち我慢できなくなってきたのか、犬たちがプルプルと震え始めた。
「長い犬さん、見付からないです……」
「そもそも新顔がいないみたいだからね」
「向こうにいるのかもしれません!」
そう言って、早足でリンドウが掃除中の小屋に入っていく。
わたしも後から中を覗いたけど、使用人が掃除をしているだけだった。
しばらくして、とぼとぼと小屋から出てきたリンドウを、犬たちが少し距離を置いたまま出迎えた。
「うう、長い犬さん……」
「クルッ」
力なくつぶやくリンドウの肩にイナリが飛び移る。
たぶん軽く励ますつもりなんだろう。
「うーん……」
しかし、これはどういうことなんだろう。
胴が長い、もしくは足が短い犬は、ここにはいないんだろうか。
そもそもちょっと変な話だ。
お昼を食べていた時には、アヤメおねえちゃんは犬の話をしていなかった。
いつ、どこからそんな情報が入ってきたんだろう。
「姉様、どうしたんですか?」
ちょっと思いついたことがあった。
わたしは妹の眼を見詰めて言う。
「リンドウ、長い犬はいるよ」
* * *
そして、わたしたちは掃除が終わった犬舎の小屋へふたたび入る。
犬たちはまだ外にいて、神妙な顔でこちらを見ている。
さっきのイナリの一喝がまだ効いているんだろう。
「えっと、ここに長い犬さんがいるんですか?」
「たぶんね」
そう言って、壁沿いをぐるりと廻るように歩く。
小屋はいくつかの小部屋に分かれていて、それぞれ犬が自分の場所で眠るようになっている。
特に扉はなく、単に仕切りがあるだけだ。
それと、荷物を置く棚がある。
外に連れ出すためのリードや予備の餌用の皿なんかが置かれている。
犬たちの手が届かないように、小屋の天井近くが棚になっていた。
そして、ひとつだけ、扉の付いた小部屋がある。
見た感じは簡単な檻みたいなもので、来たばかりで皆にまだ馴染んでいない犬なんかを入れておく所だ。
木製の柵で出来た扉は今は開いていて、中は綺麗に掃除されていた。
「そうか、ここに居たのか」
わたしのつぶやきに、リンドウが不思議そうな顔をする。
「長い犬さんのお話ですか?」
「まあね」
だとするなら、上か。
目を凝らし、棚の上を検分していく。
ひとつだけ、真新しい布袋があった。
「イナリ」
「クルッ」
わたしが手の平を差し出すと、リンドウの肩からイナリが飛び移ってくる。
顔の前まで持ち上げて、軽く頭を撫でる。
「あの袋を取るの、手伝って?」
「キュッ」
まかせてって感じで強く鳴いたイナリを、そのまま棚の上まで思い切って放り投げた。
「そーれっ!」
「わっ、わっ」
空中でゆっくり一回転するイナリを見て、リンドウが不安そうな声を上げる。
「クルッ」
大の字に足を広げたイナリが、棚の上の袋に当たって、そのままハッシとしがみつく。
すると、袋がズルリと棚から抜けて、そのまま地面に落ちてきた。
素早くその真下に駆け寄る。
「はい、キャッチ」
両手を広げ、イナリと袋をまとめて受け止めた。
予想通り、袋はとても軽い。
「リンドウ、開けてみて」
布袋を渡すと、その上にしがみついていたイナリが、スルリと肩まで登ってきた。
「わたしが開けるんですか?」
ちょっと不安そうな視線を向けてくる。
「リンドウじゃないとだめなんだよ」
袋の口を開けたリンドウが、中に手を突っ込み、何か茶色い物を引っ張り出した。
「これは……マフラー? あっ、犬さんです!」
袋から顔を出した毛糸のマフラーはその端が犬のぬいぐるみになっていた。
「こっちの先は尻尾です! ちっちゃい足もあります! これ、長い犬さんです!」
「よかったね、リンドウ」
わたしがそう言うと、ちょっとポカンとした顔だったので、持っていた袋を指さす。
そこには大きく『リンドウへ』と書かれていたのだった。
* * *
「そうか。これはアヤメ姉様からのプレゼントだったんですね」
うれしそうにリンドウがマフラーを首に巻く。
茶色のマフラーの先にある犬の頭が、胸の前でふるりと揺れた。
「早くお姉ちゃんに見せに行かないとね」
「そうですね!」
小走りに小屋から出ようとしたリンドウが、ピタリと足を止めた。
「あ、その前に。カナエ姉様はこのマフラーのこと、元々知ってたんですか?」
「知らないよ。でも、そうなんじゃないかなって思ったんだ」
いくつか気になることがあったからね。
「すごいです。どうしてわかったんですか?」
「今日、お昼ご飯を食べてた時には、お姉ちゃんは犬の話をしなかったじゃない。でも、その少し後に、リンドウにだけ長い犬の話をした。それってつまり、わたしや父様には知らせたくなかったってことでしょ?」
リンドウがちょっと首をかしげて考える。
「気付きませんでしたけど、たしかにそうですね」
「たぶん、話を聞いて小屋に行くと、あの扉付きの小部屋の中に袋が置いてあって、あけると中にプレゼントが入ってるって手筈だったんじゃないかな」
でも、実際はそうはならなかった。
「じゃあ、棚の上に袋があったのはどうしてですか?」
「そりゃあ掃除の時に片付けられたんでしょ。リンドウはわたしを誘ってからここに来たから、お姉ちゃんの予想よりもずいぶん遅れて小屋に着くことになったんだよ」
リンドウが納得したように何度も頷く。
それにあわせて長い犬の頭もぷらぷらと頷くように揺れた。
「たしかに、カナエ姉様を探すのに結構時間がかかっちゃいました」
「だから小屋の掃除が始まってしまった。そのせいで、お姉ちゃんの目論見は外れちゃったってわけ」
わたしと一緒に行きたいって思ってくれたのは、すごくうれしいんだけどね。
「でもアヤメ姉様のプレゼントは見つかりましたし、カナエ姉様と長い犬さんを探せて、わたし楽しかったです!」
リンドウがそう言って満面の笑みを見せたので、まあこれでいいのかもと、わたしも思った。