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失われたもの

「えっと、うちの集落には昔から伝わるオーブがあって、あ、オーブはキラキラ光る玉なんだけど、すごくきれいで、それが集落の長のしるしで」

「なくなったっていうのは、そのオーブなのかな?」


 わたしが訊くと、コナユキはこっくりと頷いた。

 顔を上げた途端に、その瞳が涙で潤んだ。


「わたしのせいなの。わたしがだめだから、消えちゃったの」

「消えた?」

「オーブは元々お母様のもので、集落の長だったから、でも病気で……」


 完全に涙声になってしまった。

 わたしはなんとか少女をなだめながら、いまいちわかりづらい話を整理していった。

 どうやら、コナユキは集落の長の一人娘らしい。

 最近まで母親が長だったけど、病気で亡くなり、他に候補もないため一人娘のコナユキが次の長を務めることになった。

 でも、継承の儀式のために、長のしるしであるオーブを取り出そうとしたところ、しまっていたはずの場所から消えていた、ということらしい。

 それは森が認めることで現れると言い伝えられている精霊の力の結晶だって話だ。

 集落中を探しても見つからなかったけど、継承の儀式は行われたという。

 オーブの存在は大切だけど、それがないからといって長を決めないわけにもいかない。

 それに、集落の長になるためには強い魔力が必要で、血筋を考えなかったとしても、その条件を満たしているのはコナユキだけだったし、長を務めるには気弱な性格だったけど、どうやら周りが盛り立てようとしてくれているみたいだった。

 コナユキ本人は、自分が長にふさわしくないからオーブが消えてしまったのだと思っている。

 魔法のアイテムが主を選ぶとか、いかにもファンタジーな感じだけど、そんなことがあるんだろうか。

 わからない。

 盗まれたんじゃないかという話もあったらしいけど、コナユキにいわせれば、自分に資格がないから盗まれるという運命を辿ったのだ、ということになってしまうらしい。

 運命か。

 その言葉を聞くと、どうしてもわたしはチュニックの隠しポケットにしまい込んだメダルのことを思い出してしまう。

 わたしはまだ涙を浮かべ肩をふるわせているコナユキを見た。

 この子の依頼を解決することがわたしの課題だった。

 魔力を使って、だ。

 たぶん、猫の王様はわたしなら解決できると思ったから課題に選んだんだろう。

 いや、もしかしたら、解決はできなくても、それが何かの修行になると思っているのかもしれない。


 この課題はやっかいだ。

 わたしの考えでは、コナユキの集落の人々の判断は正しい。

 オーブを見つけることができなかったのは仕方ないことだ。

 それが戻ってこなかったとしても、理由があるのなら、皆の合意が得られるのならば、コナユキを長にすべきだ。

 オーブを探す必要はない、というのがわたしの意見だ。

 わたしには、失われたオーブというものの価値がわからないのかもしれない。

 そう考える理由は前世の記憶にある。

 前世のわたしの考えでは、失われたものを取り戻したいという願いは、基本的に願いの立て方自体が間違っている。

 前世のわたしに言わせれば、失われた、という考えは虚構なんだ。

 たいていの場合、長い眼で歴史を見れば、失われた何かっていう類いのものは、そもそも誰の物でもない、という話になってくる。

 あらゆるものは、よく考えてみれば、本来誰の所有物でもない。

 失われた何かを取り戻す、というのは単なる物語であって、捏造されたフィクションなのだ。

 では、なぜ人々は物語を持ち出してくるのか。

 理由は、欲望だ。

 人は、欲望により物語を無意識に捏造する。

 失われた何かを取り戻す、という物語を。

 それが前世のわたしの考えだった。

 でも、今いる世界は前世とは違う世界だ。

 神様がいる世界。

 魔力がある世界。

 運命が書き換えられる世界だ。

 そこには、絶対的な何か、いずれたどり着くことが可能な、動かすことのできない、光り輝くたったひとつの真実があるのかもしれない。


「コナユキ」


 わたしはなるべく優しく聞こえるように、柔らかい声で言う。


「見つけてあげる。あなたの集落の、長のしるしのオーブ」


 コナユキは驚いたように顔を上げた。

 見開かれた瞳の上の涙は飛び散って消えた。

 ゆっくりと、少女の頭の上に手を置いて、つややかな髪を撫でる。


「大丈夫だから、わたしに任せて?」

「ほんと? ほんとに見つけてくれる?」


 まだちょっと声が震えている。

 わたしは安心させるように微笑む。


「勿論。絶対見つけてあげる」


 そこでやっと、コナユキが微笑みの表情を浮かべた。

 同じ年頃の女の子に撫でられるのが恥ずかしいのか、ちょっと視線を外して、それから半歩わたしに近づいてちょっと頭を下げて、撫でられやすい体勢をとった。


「お、よーし、よしよし」


 動物が甘えてくるみたいな感じだったので、思わず両手でわしゃわしゃと撫で回してしまう。

 コナユキがうれしそうにクスクスと笑い声を上げる。


「クルッ」


 そこでいきなり、イナリがひと声鳴いた。


「わっ!」


 驚いて、コナユキがわたしからパッと離れる。

 そういえば、王の御所に来てから、イナリは凄くおとなしかった。

 もしかしたら、コナユキを警戒して気配を断っていたのかもしれない。


「びっくりした。それ、毛皮の襟巻きじゃなかったんだ……」

「キュッ」

「あう、ご、ごめんなさい……」


 コナユキが一気にシュンとなって、耳と尻尾をぺたんと下げる。

 耳と尻尾?

 さっきまで何もなかったはずの頭とお尻に、動物の耳と尻尾が生えていた。


「ねえ、コナユキ。その耳と尻尾は……」

「はうっ」


 コナユキは頭とお尻を同時に押さえて、恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせた。


「ご、ごめんなさい。わたしまだ変化が上手くできなくて……」


 変化って何だ?


「えっと、ちょっとその耳触って良い?」

「はうっ」


 言いながら、もう手は耳を触っている。

 これは本物の動物の耳だ。

 猫耳?

 いや、尻尾の形からして、これは狐かな。

 もしかしたら、この子は人間の集落から来たんじゃなくて、この森みたいな精霊や動物たちの集落から来たのかもしれない。

 そうか、だから人間離れした魔力だったんだ。

 強力な魔力を使って、人間の姿をとっていたんだろう。

 それが変化ってことか。


「あの、耳、ちょっともう、だめ……」


 ぷるぷる震えていたコナユキが、一層顔を赤くしてそういうと、突然、その少女の姿が掻き消えた。

 そして、さっきまでコナユキがいた場所には、白い毛並みの、かわいらしい子狐の姿があった。

 子犬サイズの白い狐にはふさふさした二本の尻尾が生えている。

 子狐は驚いたように周りを見回して、自分の姿に気づいた瞬間、反射的に力一杯飛び跳ねると、猛然と部屋を飛び出していった。


「あっ、ちょっと、コナユキ!」


 さっきの様子から考えるに、変化が上手くないのを恥ずかしがってたから、もしかしたら、完全に術が解けてしまって、いたたまれなくなってしまったのかもしれない。

 精霊の域に達した動物たちにとって何が恥ずかしいことなのか、どうにもこのあたりの心理がわからない。

 わたしは飛び出していった子狐を追いかけることにした。

 廊下に出ると、入り口に向かう通路に子狐の尻尾を見つけた。

 尻尾はすぐに角を曲がって見えなくなったけど、あちらは入ってきた道だから行き先はわかっている。

 わたしはイナリを肩に乗せて走って追いかける。

 御所の外に出たところでようやく追いついて、半ばタックルするみたいに子狐を確保した。


「捕まえた!」

「はうぅ」


 うなだれた子狐は、力を抜いておとなしくなる。

 わたしは猫を抱くみたいに両腕でコナユキを抱え上げる。

 すごく華奢で軽くて、つややかな毛並みが心地いい。

 コナユキらしき子狐は、ちょっと何かを迷う風だったけど、しばらくすると観念したのか、頭をわたしの胸に預けた。


「カナエ様!」


 背後から白い狒々の執事さんの声が聞こえた。

 珍しくちょっと慌ててるみたいだ。

 わたしが振り返ると、駆け寄ってきた執事さんが困ったような表情でわたしが抱えている子狐を見る。


「なるべく、何もしゃべらないでいただけますか。できれば粗相のないように」


 執事さんがわたしにだけ聞こえるような小さな声で言う。

 何かまずいことが起きたらしい。

 わたしが軽く頷いてみせると、御所の入り口の方から二人分の足音が聞こえてきた。

 ちょっと緊張して、背筋を伸ばす。

 何かを感じとったのか、子狐の身体に力が入った。

 迷ったけど、コナユキは胸に抱いたままにしておく。


「おや、そこにいましたか、コナユキ」


 そういって、現れたのはすらっと背の高いイケメンだった。

 騎士の持つ紋章入りのマントを身に着けている。

 いや、声を聴く限り女性のようだ。

 イケメンっぽい、背の高いボーイッシュな女性だった。

 武術の心得がありそうな立ち居振る舞いだったから、ちょっと錯覚してしまったようだった。

 そして、その横には、豪奢なドレスを身にまとったものすごい美女がいた。

 金色の長い髪を背中に流し、切れ長の瞳でわたしの方を一瞥し、興味なさげに視線を逸らす。

 でも、一瞬眉をしかめたように見えた。

 ちょっと機嫌が悪そうだけど、美人がやるとそれが絵になる感じだった。


「おや、そこの彼女はあなたの後継者でしょうか?」


 イケメン女子がわたしの方を見て言う。

 隣の美女が興味もなさそうにこちらをチラリと見た。


「別に」

「しかし、この御所に入れているのでしょう?」

「たまに稽古をつけてやっているだけだ」


 その言葉で気がついた。

 眼をこらすと、美女の頭の上に見慣れた光の輪があった。

 森の王が持っている、黄金色に輝く光の輪だった。

 これも変化か。

 猫の王様って、変化するとこんな美女になるのか。

 そう思ったとき、わたしの肩の上でイナリが警戒態勢をとっているのに気づいた。

 姿勢を低くして、じっと騎士姿の女性を見ている。

 そこでやっと、彼女の頭の上の光の輪に気づいた。

 不気味な色の輪が、怪しげな紫色の光を放っている。

 魔物だ。

 その女性騎士はマントお化けの魔物と同じような色の光の輪を持っていた。

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