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神様のステージと折れた階段

 根元近くで崩れ折れた階段に近寄って、瓦礫の欠片を手に取る。

 岩ともちょっと違う感触。

 木とかでもない。

 何かの樹脂かなと思ったけど、それも違う気がする。


「ずいぶんぼろぼろになってる」


 階段の根元を手で撫でる。

 あの日、暗い空に向かってどこまでも伸びているように見えた階段は見る影もなかった。

 それでも思ったほどは脆くなさそうだ。


「クルッ」


 イナリがわたしの肩から階段に飛び移った。

 そのまま上の段によじ登り始める。

 どこに行くのか見ていると、わたしの頭より高いところまで上がって、そこでお座りのポーズを取った。


「そうか」


 わたしもイナリの後を追って階段を登る。

 猫の王様が足早に近づいてきた。

 階段が崩れるのを心配しているのかも知れない。

 数段上がったところで、イナリの横に腰を下ろした。


「高いね」

「クルッ」


 相槌を打ってくれたイナリの顎下を撫でると、くるくると小さく喉を鳴らした。

 わたしはまっすぐに白い森を見た。

 確かに高いけど、見慣れた高さだ。

 鏡の間にたどり着いたとき、すぐにここがあのステージだって気がつかなかったその理由がわかった。

 前に来た時は大人の高い視点から見ていて、今回は十歳の子供の低い視点から見てるからだ。

 だから、すぐに気がつかなかった。

 でも階段に登って、あのころと同じ高さから見ればわかる。

 わたしはここに来たことがあるって。


「でも、さびしいところだね」


 あのころのピカピカのセットみたいな姿はもうどこにもない。

 何が起こったのかはわからないけど、ステージはぼろぼろに朽ち果ててしまっていた。

 地面を這うスモークもスポットライトもない。

 なにより、生き物の気配がない。

 テレビショウの胡散臭いホストみたいな神様もいないし、イナリの仲間の動物だっていない。

 そうか。

 考えてみれば、ここはイナリの故郷なのかも知れない。

 あの時だけ神様に呼び出されたんだとなんとなく思ってたけど、精霊と関係がある土地なんだったら、ここで育った可能性はあるだろう。


「イナリはもしかして里帰りなの?」


 指先で耳の裏側を掻きながら聞いてみたけど、心地よさそうに目を細めるだけで答えてはくれなかった。

 しかし、どうしてこの場所とわたしが今住んでいる世界は繋がってるんだろう。

 賽の河原とか、閻魔大王の裁判所みたいな、生者の世界と死者の世界の中間にあるような、神様が住む隔絶された場所なんだと思ってたのに。

 それとも、同じようにここから前世の世界にも行くことが出来るんだろうか。


「カナエ」


 猫の王様が階段のすぐ側まで来ていた。


「やはりその方、ここに来たことがあるのか?」

「ないですよ」


 あるにはあるんだけど、今のわたしになってからは来たことはない。

 前世の話をしてしまおうか、と思う。

 でも、まだその勇気が出ない。

 本当はこの世界の住人じゃないと思われたら。

 拒絶されたり、逆に過剰に珍しがられたりしたら。

 猫の王様がそんなことするわけないってわかってるけど、それでもわたしの中の冷静な部分がリスクを取ることを拒否している。

 とはいえ、伝えられるだけは伝えたい。


「ただ、ここに来た記憶だけはあるんです」

「どういうことだ?」


 なんて言えばいいだろう。


「ここに来たわたしはカナエ・マゴットじゃないんです。そういう記憶だけがあるんです。それを思い出したのは、王様と初めて会った、あの雪の日なんですよ」

「ふむ。夢の中で精神だけがここを訪れた、ということかもしれんな」


 王様がかるく頷いて言った。


「それで多少納得がいった」

「何がですか?」

「その方が鏡の間に適応していることや、精霊のように魔力を扱えることなどだな」


 そういえば、人によってはここに来ると体調を悪くすることがあるって話だったっけ。


「長く生き精霊に近づいた動物は、力ある精霊に導かれこの場所を訪れる。そして、真の精霊の力を手に入れる」

「だからわたしをここに連れてきたんですか?」

「そうだ。精霊の魔法を使えるようになるためには、ここに来る必要がある」


 でもそれって。


「人間に出来ることなんでしょうか?」

「出来た者はいなかったが、そなたが最初のひとりになればよい。千年前、人間の魔物が世界に現れた時のように」


 猫の王様がわたしの目をまっすぐに見詰めて言う。 


「カナエ、そなたがこの世で最初の、人間の精霊になればいい」

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