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猫に乗る

 木の枝から別の枝へと軽い足取りで飛び移っていく猫の王様を追って、わたしは魔力で身体能力をさらに強化しながら進んだ。

 魔力を使った体のコントロールは随分と学んだけど、どうやらその成果が出てきてるみたいだ。

 脚力を上げ飛距離を伸ばしつつも、バランスを取るための細かな操作も忘れない。

 目の前を走る王様がいいお手本になる。

 もしかしたら、わざとわかりやすく動いてくれているのかも知れない。

 自分も猫になったつもりで、大きな猫のあとに続く。

 魔力で身体を強化するというよりも、魔力自体で体を動かすみたいな感じ。

 いかにも精霊らしい動きだ。


「クルッ」


 イナリが何かに気付いて鳴き声を上げた。


「あれは、塔かな?」


 木々の向こうに石造りの塔が見えてきた。

 高い木の間に隠れていたみたいだけど、造りはなかなか立派だ。

 塔はどんどん近づいてきて、猫の王様が力強く跳躍すると張り出したバルコニーに飛び乗った。


「あそこが目的地かな」


 つづけてわたしもジャンプする。

 その瞬間、頭上の光の輪を強く廻して魔力をさらに込めた。

 いままでで最長の飛距離をだして、わたしもバルコニーの端に着地した。


「クルッ」


 褒めるみたいに鳴いてくれたイナリの顎を指先で撫でる。

 ちらっと下を見ると、地面は遙か彼方にあった。

 森の中にこんなに高い塔があったなんて。

 いや、それよりも、こんなに背の高い木々が生えていることすら知らなかった。

 外から見ればわかりそうなものだけど、もしかしたら結界かなにかで隠されてるんだろうか。


「王様、ここが鏡の間ですか?」


 わたしが尋ねると、猫の王様は大きな頭を軽く振った。


「いや、この塔は鏡の間への入り口だ」


 そう言って塔の中へと入っていく。

 あとを追うと、石造りの壁に光が点った。

 たぶん魔力で光っているんだと思う。

 装飾らしいものも無いシンプルな内装だけど、どことなく品がある。

 ちょっとしたアーチの造りなのか、意外なほどの天井の高さのせいか。

 短い通路のすぐ先に大きな扉が現れる。


「ここからは人の足では入れぬ」

「そうなんですか?」 


 猫の王様はこちらを見ながらゆっくりと膝を折って、伏せの体勢になる。


「特別だぞ。カナエは我の背に乗るがいい」

「クルッ」

「そなたは精霊だろうが」


 何か言ったらしいイナリを、王様が軽く諭した。


「キュッ」


 小走りにわたしの肩を回り、いつものマフラー体勢になってしまった。


「まあよい。カナエ、はやく乗れ」

「じゃあ失礼します」


 横乗りすると落ちそうだっだので、王様の背中に跨がった。


「毛を引っ張る出ないぞ。不安定なら首に手を回すがいい」


 言われたとおり首にしがみつくと、ふわふわの毛に顔が半分埋まった。

 これはいい感触。


「では行こうか」


 そう言って王様が鼻先で扉を開けると、向こうは吹き抜けになっていて、壁際がぐるっと階段になっていた。

 手すりがあるから落ちる心配はないけど、吹き抜けの下は地面まで続いていそうだ。

 上を見ると階段がどこまでも続いているように見える。

 これも精霊の魔法なのかな。

 わたしを背に乗せて、猫の王様が階段を登っていく。

 大きな猫の背中はほとんど揺れることがない。

 これだったら抱きつく必要はなかったな。

 心地いいから放したりしないけど。


「カナエ、体がつらかったらすぐに言うように」

「体ですか? 今のところなんともないですね」


 わたしの答えを聞くと、王様は何か考えるように押し黙った。

 その間も階段を昇り続け、どこまでも同じような景色が続く。


「我がするように、魔力を体に行き渡らせなさい」


 突然、大様が言った。

 同時に大きな猫の頭の上にある光の輪が激しく回転を始めた。

 なんだかよくわからないけど、わたしも同じように光の輪を廻す。


「クルッ」


 珍しいことに、イナリも光の輪を廻し始めた。


「なんだろう、これ」


 わたしたちの体が普段とは違う光を放つ。

 小さな花火みたいなきらめきが、波のように体の表面を流れた。

 猫の王様が足を下ろす毎に、地面から水晶が割れ飛び散るような光が舞う。


「そろそろだな」

「えっ?」


 気がつくと、階段を抜けていた。

 そこは広大な空間で、どうみても塔の屋上には見えない。

 地下を通る穴を登って地表に出たみたいな感じ。

 空は暗く、ぼんやりと光る白い地面が続き、まわりには白い森がある。

 なんだろう。

 どこかで見たことがある景色だった。


「ここが鏡の間ですか?」

「そうだ。カナエ、もう降りていいぞ」


 せっかくのもふもふを手放すのも惜しかったけどしょうがない。

 地面に足を下ろすと、思ったのと違う感触がした。

 石でも土でもなさそうだ。


「ここ、どこかで……」

「体調には問題なさそうだな」


 猫の王様が鼻先でわたしの体を探る。


「なにかあるんですか?」

「鏡の間に無理に入ろうとすれば、体に負担がかかり倒れることがある」

「そういうことは先に言ってくださいよ」


 だからさっき体調を訊いてきたのか。


「我も話に聞いたことがあるだけだからな。本当かどうかは知らなかった」

「まあ無事だからいいですけど」


 わたしは鏡の間と呼ばれている場所を見渡してみた。

 さっきまではお昼のはずだったのに、夜みたいに暗い。

 ぼんやりと光る白い地面は、何かの板みたいな感触だ。

 板張りなのかとも思うけど、よくわからない。

 まわりは葉の落ちた白い木々が囲んでいる。

 雪は降っていないけど、初めてイナリと出会った森を思い出した。


「ちがう。そうじゃない……」


 小さなつぶやきがこぼれる。

 自然と足が白い木に向かう。

 近くで見ると、枯れ木が半ば朽ちたようになっている。

 枝が折れ、所々に倒れた樹木もあった。

 地面を這うようなスモークを幻視する。


「急にどうした、カナエ」


 猫の王様が怪訝そうな声を出す。

 わたしは素速くあたりを見回した。


「階段は?」


 王様が訝しげに目を細めた。


「何を言っている?」

「どこかに、上に続く階段がありませんか?」


 わたしの言葉を聞いて、王様がわたしの側を離れる。


「ついてきなさい」


 その後を付いて白い林の間を抜けると、開けた別の空き地に出た。


「あれのことか?」


 中央に白い階段がある。

 地面から高さ五メートル程まで続き、そこで崩れて地面に瓦礫が積み上がっていた。


「ここを知っているのか、カナエ」


 そうだ。

 わたしはここを知っている。

 あの日、わたしとリカが死んだ日。

 神様のゲームをさせられた、あのテレビショウのステージだった。

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