ものすごい美人とお茶を飲む時間
白い狒々の執事さんに案内されて王の間に入ると、ソファには豪奢なドレスを着たものすごい美女が座っていた。
黄金色の豊かな髪を背中に流し、紅茶の香り漂うティーカップを細長い指でつまんでいる。
「そんな格好でどうしたんですか」
「入って来るなり言うことがそれか、カナエ」
低い弦楽器みたいな女性の声が響く。
「お久しぶりです。王様」
「旅に出ていたときとは違って、今回はそれほど間は空いていないだろう」
人に変化している猫の王様があっさりと言う。
「心理的には前より久しぶりな感じなんです」
「ほう。やはり何かあったのか」
美女がティーカップをソーサーの上に置く。
しなやかな動きがいちいち洗練されている。
「やはりって、何か知ってるんですか?」
「たそがれの魔女の屋敷に変化があったという報告は受けている」
やっぱり森の動物たちが連絡にくるんだろうか。
「今日来たのはその話をするためですよ。というか、このまま話し始めていいんですか?」
「かまわないが、何か気になるのか?」
わたしは王の間を見回しながら言う。
「人に変化してるって事は、また誰かお客さんが来るんじゃないんですか?」
「違うな。今日は単に人間の作った紅茶が飲みたくなっただけだ」
なるほど。
人の食事を取るには、人間の姿の方が都合がいいんだろう。
「カナエ様の分の紅茶もお持ちしましたので、お座りください」
狒々の執事さんがそう言いながら、ワゴンを押して部屋に入ってきた。
わたしが王様の向かいに腰を下ろすと、上品な香りが立ち昇るティーカップがそっとテーブルに置かれた。
「いい香りですね」
「我が主からはとっておきを出すように命じられています」
「そんなこと言わなくていい」
猫の王様がぶっきらぼうに執事さんを叱責する。
「カナエ様がいらっしゃるのをことのほか楽しみにされていたようですから」
「もういい。さがっていろ」
美女になった王様が軽く眉をしかめながら手を振った。
もしかして、ちょっと照れてる?
「わたしもずっと王様に会いたかったですよ」
「そなたまでそんなことを言うのか」
「別にほんとうの事ですし」
せっかく淹れて貰った紅茶を放置するのももったいないので、さっそく一口飲むと、艶やかな香りが鼻を抜けていった。
これすごくおいしい。
「いいかげん本題に入ったらどうだ」
王様が軽くため息をついた。
「そうでした。たそがれの魔女のお話でしたね」
わたしはいままでの出来事をなるべく手短に語った。
ただ、地下迷宮での体験は簡単に説明するのが難しい。
どうしても、起こったことを順番に語るしかなかった。
森の王はたまに軽く相づちを打つくらいで、ほとんど話に割って入らなかった。
そして、わたしがひと通り語り尽くすと、しばらく何か考えるように押し黙った。
紅茶で喉を潤しながらしばらく待っていると、やっと美女がこちらの方を見た。
「ここ数年、こちらに接触してきた者は、本当のたそがれの魔女ではなかったということか」
「体は本物だと思いますよ」
美女になった猫の王様がソファの上であらためて居住まいを正した。
「そんな場所に送り出してしまったのは我の過失だ。カナエ。すまなかった」
「やめてくださいよ。謝ってほしくてこの話をしに来たんじゃないんですから」
わたしの渋い顔を見て、美女が口元をほころばす。
「そうか」
「とにかく、人間の魔法を学ぶのはうまくいきませんでした」
「まあしかたない。これも運命かもしれん」
王様が軽く頷く。
「運命?」
「今の話で驚いたことがある」
「はあ」
いきなり話が変わったので、思わず気の抜けた声を出してしまった。
「魔物の王に関することだ。かつて多くの国々を支配しようとした魔物の王だが、その正体は知られていなかった」
「そうなんですか?」
魔物の王が人間の魔物だって話だ。
巨大な本の中でしれっと出てきたから、結構有名な話なのかと思っていた。
「正体を知るということは、弱点の手掛かりを手に入れるということだからな」
「なるほど」
「つまり、たそがれの魔女は、それほどの情報に見合うだけの利益を、鳥の魔物の王に与えたということでもある」
魔物の魔法を手に入れたがってたみたいだから、豪華な手土産とか持って行ったのかも知れない。
「魔物にも精霊にも様々なものがいるが、元々人間の姿をした魔物や精霊はいないというのが常識だったのだ」
「そういえば、前に聞いた気がしますね」
だから人間は特殊だってことだったはずだ。
「しかし、我らの知る常識は崩れた。そういうことだ」
そして、猫の王様がわたしの方にすっと手を差し出した。
「人の子の魔法を学べなかったのならば、カナエ。そなたは精霊の魔法を学ぶがいい」
やっぱり終わらなかったですね。
次あたりでなんとか。(ならない予感)