さるまものとのこるまもの
マゴット家の屋敷の前にたどり着くと、門の向こうから魔力の気配がした。
「キュッ」
イナリが襟巻き状態をやめて、わたしの肩の上に立つ。
「大丈夫だよ。たぶん」
なんとなく、そんな予感がしたのだ。
門をくぐって屋敷の前まで進むと人が集まっていて、どうやら誰かが出かけようとしているらしかった。
「おお、カナエ。帰ってきたか」
父様がこちらに向かって軽く手を挙げた。
小走りに近づくと、うちの家族が皆揃っていて、その前には人の騎士に化けている魔物のカザリが立っていた。
さっき感じた魔力の中に魔物のものが混ざってたけど、やっぱりカザリだったらしい。
ついでにその足下にはバウルもいて、リンドウに首を抱きしめられていた。
ぱっと見た感じ、黒犬と戯れる幼女って感じだったけど、バウルの目に力がない。
迷惑そうな顔をしてわたしの方をチラリと見た。
昨日からリンドウのなすがままって感じだった。
周りとの会話を切り上げたカザリが、爽やかな笑顔でこちらに向かって近寄ってくる。
「最後にカナエさんとご挨拶できて良かった。長い間お世話になりましたが、ここを発とうと思います」
あいかわらず礼儀正しいけど、本心は何を考えているのかわからないのが不気味だ。
たしかこの魔物は、このあたりで発生した強い魔力の正体を探っていたはず。
もうそれはいいんだろうか。
「こんな時間に出発されるんですか?」
「日が落ちる頃に旅立つのも決められた試練のひとつなのです」
実際は騎士でもなんでもないんだから、騎士の試練ってのは嘘なはずだ。
ということは、急いで発ちたい理由があるのか、それとも魔物だから夜でも構わないってことなのか。
「ワフ」
バウルが溜息を吐くように鳴くと、カザリがその頭を軽く撫でる。
「君も元気でね。機会があったらまた会おう」
「連れて行かないんですか?」
思わず疑問が口をついて出た。
「この犬を? わたしが?」
「あ、いえ、変なことを言いましたね」
なるべく何でもない風にそう返すと、リンドウがさらにぎゅっとバウルと抱きしめた。
「だめですよ! ヨイヤミちゃんはうちの子ですから!」
「ワフゥ」
黒犬の魔物から絞り出されたような溜息が漏れた。
「門までお送りしましょう」
アヤメお姉ちゃんがそういって先に立ち、カザリがその後を歩いて行く。
わたしも一緒に門までついて行って、騎士の姿をした魔物が出て行くのを見送った。
特に何事も起こらない。
これでひとつ心配事が減った。
「不思議な人だったね」
屋敷に向かって戻りながら、お姉ちゃんが言った。
「うーん、わたしはあまり顔を合わせなかったから知らないけど。どんな人だった?」
「そうだな。礼儀正しい人だったな」
当たり前だけど、ずっと本音を見せなかったってことだろう。
「あと、かなりの実力の持ち主だって感じたかな」
「もしかして、手合わせとかしたの?」
そんな話はまったく聞かなかったけど。
「しないしない。強者の雰囲気を感じたってこと」
「なるほど」
立ち居振る舞いに無駄がないから、わたしにもある程度わかることではある。
「そういえば、カナエは最近家にいなかったけど」
「うーん、明日からはもう少し家にいる時間が増えるかも。しばらく落ち着いて家でゆっくりしたいし」
お姉ちゃんは納得した顔でかるく頷いた。
「ここ最近は家に他人が出入りしてたものね」
他人というか、魔物が一匹、まだ家のまわりでうろうろしてるけどね。
「カナエ姉様。お帰りなさい」
扉の前にいたリンドウがにっこりと笑う。
リンドウとバウルだけがここに残っていて、どうやらわたしたちを待っていてくれたらしい。
バウルの方は単にリンドウが離さなかっただけみたいだけど。
「ただいま、リンドウ。そろそろ屋敷に入ろうか」
「バフ」
リンドウの腕をすり抜けて、バウルがこちらにやってきた。
「あんたも自分の家に帰れば?」
わたしがそう言うと、黒犬はふんと鼻で笑うような、溜息をつくような、微妙な返事をして去って行ったのだった。
次ぐらいで二話目は終わりになるかと。たぶん。いや、あまり自信はないですけど。
その後はおまけのおはなしかなあ。