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なりきり名探偵、ふたたび

 昼前の食堂にはわたしとアカツキしかいない。

 まだ食事の時間にはちょっと早い頃合いで、ふたりでお茶を飲みながら持ってきた焼き菓子を食べている。

 朝早くに起きて作ってきたやつだ。

 しばらく無言でいると、イナリが肩の上から降りてきてテーブルの上に乗った。


「どうしたの?」


 前にお行儀悪いよと言ってから、こういうことはあまりしなくなったんだけど。

 

「クルッ」


 にゅっと小さな前足を突き出して、おかしくれくれのポーズだ。

 お皿の方に行こうとしないだけ、まだまだ理性的だと言えた。


「じゃあ、ちょっとだけだよ」


 手に持っていた焼き菓子を割って、小さい方をイナリに渡す。


「クルッ」


 うれしそうに鳴いて、またしても匂いを嗅いだり裏表ひっくり返して観察したりしている。

 たのしそう。


「ここを出ようと思うんだ」


 唐突にアカツキが言った。

 でも、なんとなくそんな予感はしていた。


「もう魔法の勉強はいいんですか?」

「やっぱりさ、向いてないんだよな」


 まあ、たしかに魔法使いって感じの性格じゃなさそうだけど。


「それに、剣を持ちながら実戦で魔法を使うんだったら、今くらいで充分だ」

「もともとの目的からしてそれでしたよね」


 アカツキがお菓子をかじりながらこっくりと頷く。


「いますぐ出てくってわけじゃないけど、みんながひと通り落ち着いたらって感じかな」

「あれからミカヅキさんに会いましたか?」

「いや、会ってないな」


 あっさりそう言うと、焼き菓子をつまんだ手をイナリの方に伸ばした。

 餌付けしたいのかな。


「キュッ」


 鋭くひと鳴きして、イナリが肩の上に駆け上がってきた。

 わたし以外の人間の手から食べる気はないらしい。


「まあ、昼飯になったら会えるだろ」


 アカツキが軽く溜息をついて、つまんでいた焼き菓子を自分の口に放り込んだ。


 そうやってしばらく雑談をしていたら、いつものメイドさんがやってきて昼食になったけど、ミカヅキもハンゲツも現れなかった。

 聞いた話では、ミカヅキは自分の部屋で食べているらしい。

 ハンゲツは部屋にいなかったそうだ。

 昼食が終わり、少し迷ってから、お菓子を持って図書室に向かった。

 重い扉を開けると、中央のテーブルでハンゲツが本を読んでいるのが見えた。

 高いところにある小さな窓から入る日の光で、テーブルのあたりは結構明るい。

 窓がしつらえてある奥の壁以外は、木製の本棚が石造りの壁に取り付けられていて、そちら側はすこし暗かった。

 わたしはゆっくりとテーブルに近づく。


「ハンゲツさん、こんにちは」 

「ああ、カナエさん。こんにちは」


 今回は一度声を掛けただけで気付いてくれた。


「お昼、食べないんですか?」

「もうそんな時間ですか?」


 ちょっと驚いた風にそう言ったけど、あえて食堂に行かなかったんじゃないかと、ふとそう思った。


「まあ、自分でなにか作って食べますよ」

「お菓子を焼いてきたんですけど、食べませんか?」


 持ってきた焼き菓子をテーブルの上に置くと、ハンゲツの口元がほころんだ。


「じゃあいただきます」

「あの時」


 おもわず言葉が口をついて出た。


「どうして本を読まなかったんですか?」

「え?」


 ハンゲツが軽く目を見開く。


「それって、何時のお話ですか?」

「昨日、地下室での話です」


 わたしがそう言うと、ハンゲツは納得したように軽く頷いた。


「何のことかと思いましたけど、その話ですか。まあ、いかにも異常な感じでしたから、皆さんの目を覚まさせるのが一番大事でしょう?」


 たしかに普通ならそうかもしれない。


「ほんとうにそう思ってますか?」

「どうしたんですか、一体」


 ここが気になっていたところだったんだ。


「ハンゲツさんだったら、目の前に奇妙な本があれば、ちょっとだけでも読もうとするかなって、そう思ったんです」

「まあ、興味はありますけど」


 ハンゲツならそうだろう。

 だとするなら、どうか。


「ではあれから地下室に行ってみましたか?」

「行ってませんね」

「どうしてでしょう?」


 ハンゲツが軽く吹き出すみたいに笑った。


「やめませんか? こんなこと」

「知っていたんですよね?」


 薄く笑った顔で、こっくりと頷く。


「ええ、先生から聞いていましたから」

「やはりそうでしたか」


 ハンゲツはちょっと真面目な顔になる。


「他の二人はこれを?」

「気付いてないと思いますよ」


 わたしの答えを前もって知っていたみたいに、ハンゲツはかるく頷いた。


「カナエさんはよくわかりましたね」

「実際のところは、よくわかってませんでした。ほんとはハンゲツさんが先生本人じゃないかとも思ってたので」

「なるほど」


 答えは出ていなかった。

 そういう可能性もあるな、と思っていたのだ。


「先生はなんて言ってたんですか?」

「はっきりとしたことは、なにも」

「話を聞いたんですよね?」


 ハンゲツはなんと説明したらいいのか悩むみたいに、ちょっと間を空けた。


「それは、読んでいる本の中のちょっとしたほのめかしとか、雨音から聞こえた言葉とか、テーブルに落ちたパンくずとか、そういうものだったんです」

「はあ」


 思わず曖昧な相づちをうってしまった。


「変なことを言ってると思うかもしれませんが、日々のそうしたざわめきから言葉を取り出す術があるんですよ」


 そういえば、元の世界にも雑踏の中に入っていって、聞こえた言葉からメッセージを拾う、まじないみたいなのがあったな。

 つまり、そういうやつなのかもしれない。


「先生に会えますか?」

「どうでしょうね。カナエさんは、どこまでわかってるんですか?」


 うーん、上手く説明できるだろうか。


「先生が連れて帰ってきた卵の魔物、あれが、先生を使い魔にしたんですね?」


 わたしの言葉を聞いて、ハンゲツは一瞬動きを止めた。


「そこまで、わかってるんですか」


 ついこのあいだまで、わたしはたそがれの魔女があの卵の魔物を使い魔にしたんだと思っていた。

 でも、そうじゃなかった。

 事実は全くの逆で、卵の魔物が人間であるたそがれの魔女を使い魔にしていたんだ。


「実際に起こった出来事に関しては、断片だけしか知らなかったんですが、そのごちゃごちゃに理屈を通すためには、ソレしかないと思ったんです」


 つじつまが合わない部分をなんとか繋いだら、そんな結論が出たのだった。

最近わかったのは、定時に帰れると毎日更新できるってことです。

まいにち更新したいなー。

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