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おいしい焼き菓子とげっ歯類の運動について

 わたしは自分の部屋で焼き菓子をポリポリと食べていた。

 ロクサイのために鹿せんべいもどきを作った時、ついでに自分用に焼いておいたやつだ。


「クルッ」


 イナリがベッドの上から鼻先を突き出して、ヒクヒク匂いを嗅いできたので、割れた欠片を差し出すと、ちいさな前足ではしっと掴み、一心不乱にかじり始めた。


「気に入ったんだったら、また焼こうかな」

「モギュッ」


 焼き菓子を頬張ったまま、うれしそうに鳴く。

 ロクサイのお土産用にも焼いておこう。


「しかし、わからないことばかりだね」

「モギュッ」


 地下迷宮にいた巨大な卵と雛の魔物。

 消えてしまったたそがれの魔女。

 そもそも、あそこで起こったことはなんだったのか。


「それに、リンドウの具合もだよ。良くなったのはめでたいけど、いまいち理由がわからない。たそがれの魔女は迷宮の試練と関係があるって言ってたけど」


 もちろん、それがほんとうとは限らない。

 でも何か関係はあるはず。


「キュッ」


 イナリがジャンプして、わたしの膝に乗ってきた。

 どうやらおかわりを所望しているらしい。

 あまり食べ過ぎると良くないかな。

 普通の動物じゃなくて精霊だから、関係ないかもしれないけど。


「そんなに食べて、太っても知らないよ」

「クルッ」


 イナリは平気な顔で前足を突き出しておねだりしてくる。


「あんまり外に出たりしないし、部屋の中で運動できるように何か作るべきかな」


 頭の中でキャットタワーみたいなやつとか、ハムスターが使う回し車とかを思い浮かべてみる。

 作ろうと思えば出来なくもないか。


「クルッ」


 イナリがわたしの服にしがみついて、ガシガシと肩まで登ってきた。

 そもそも精霊に運動が必要なのかどうかも良くわからない。

 今度、猫の王様に訊いてみようかな。


「そんなに欲しいの?」


 焼き菓子の欠片を差し出すと、イナリがすばやく両前足で掴む。

 すぐには食べ始めずにクンクンと匂いを嗅ぎ、しばらくためつすがめつしていたかと思うと、何かに満足したのか、一所懸命コリコリとかじり始めた。

 もしかしたら、食べる前に香りとか色艶とかを楽しんでいたのかもしれない。


「精霊か……」


 思えば、たそがれの魔女は精霊の王の助言を受けて長寿を手に入れ、魔物の王から卵の魔物を渡されたのだった。

 そして魔物の魔法を手に入れた。

 でも、それって簡単にできることなのか。

 そりゃあたそがれの魔女はすごい魔法使いなのかもしれないけど、本の中に出てきた魔物の王様は、人間は魔物の魔法を使えないって言ってなかったっけ。

 いや、人間の魔物とかいう奴が使う魔法だったら、人間の魔法使いにも使えるかもって話だったか。

 そしてこの世界の中で、人間の魔物というのはひとりしかいないとも語っていた。

 昔、この世界のほとんどを手中に収めかけた偉大なる魔物の王。

 つまり、かなりの大物だ。

 そう考えると、やっぱり限りなく不可能に近いように思える。

 人間には魔物の魔法は使えない。

 だとするなら、考え方を変える必要がある。

 もし、たそがれの魔女が、魔物の魔法を手に入れていなかったら。

 前提からずいぶんと変わってしまうけど……。


「キュッ」


 さらにイナリにおねだりされて、つい焼き菓子を渡してしまった。

 一心不乱に頬張る姿がかわいい。

 魔女の館で、お手製の鹿せんべいを食べていた鹿の使い魔の姿を思い出す。

 ロクサイは大丈夫だろうか。

 ミカヅキの部屋から出る時に見えた、ベッドの上でぐったりとしていた姿を思い出す。

 いや、メダルの力を使ったんだから、無事なのは間違いない。

 投げた時、裏が出てしまったから、万事快調ってわけにはいかないのもわかってるけど。

 とにかく、あしたも屋敷に行こう。

 みんなの様子を見て、状況確認して、それから、これからどうするつもりなのかも知りたい。


「いくつか気になることもあるしね」

「モギュッ」


 口いっぱい焼き菓子を頬張っていても、イナリはちゃんと相づちを打ってくれる。

 そうだ、アカツキの分もお菓子を持って行かないと。

 約束したからね。

 とりあえず、全ては明日にまわして、わたしは寝ることに決めた。



 その夜、わたしは夢を見た。

 リンドウが生まれた頃の夢だ。

 赤ん坊用に作られたベッドで眠る妹はビックリするくらい小さくて、手の平をぷにぷにと押すと、ぎゅっとわたしの指を握り込んできた。

 あれはどのくらい前だったろうか。

 六年前? 七年前?

 わたしはまだ小さくて、お母さんはまだ生きていて。

 夢の中なのに、今目の前で起こっていることなのに、なんだかとても懐かしい。

 二階にある大部屋にリンドウのベッドが置かれていて、暖炉の前ではお母さんがソファに座って編み物をしている。

 ここからだと横顔しか見えない。

 足下の空気は冷たくて、長い冬が近づいてくるのを感じさせる。

 赤ん坊のリンドウが、わたしの方に両手を伸ばした。

 その様子がとてもかわいくて、思わず頬が緩む。

 でも、なにかがおかしい。

 別に変なことなんて何もなかったけど、そこは記憶通りの世界だったけど、そこにある何かが、今のわたしには見えていないような、変な感覚。

 もう少しでわかりそうなんだけど。

 考えるために意識を集中させようとする。

 気がつくと、体が動かなくなっていた。

 夢の中で覚醒しようとしたからだろうか。

 しばらく悪戦苦闘して、ちょっと疲れたと思ったあたりで、ふいに、何かがつながったような感覚がした。

 まだ言葉には出来ないけど、着ようとしていた服が表裏逆だったことに気付いたみたいな、そんな感じ。

 でも、まだまだ朝は遠い。

 わたしはふたたび深い眠りの中に入っていった。

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