永遠の黄昏と生まれない卵
「ミカヅキさんはここにいてください」
わたしがそう言うと、ミカヅキは苦しげに顔をしかめた。
「あんた……どうする気?」
「なんとかします」
部屋の中央付近では、倒れていたアカツキがゆっくりと体を起こしていた。
ダメージは大きそうだけど、無事ではあるみたいだ。
「問題ありません。もうわかりましたから」
わたしは成長した雛の魔物に向かって歩き出す。
魔物の方も、こちらに気付いたようだった。
「始まりがあれば、たいてい終わりがある」
そう小さくつぶやく。
「つまり、生まれ落ちたものは、その時から既に死に始めている」
考えてみれば、たそがれの魔女の長寿の秘法は、自分の死をいつまでも引き延ばすというものだった。
永遠の黄昏の中で死に続ける魔女と、生まれることをずっと拒否してきた卵。
「成長するということは、老いるということ」
人型になった魔物が、こちらに向かって突進を始めた。
その巨体からバラバラと羽根が落ちる。
「キュッ」
イナリの警戒の鳴き声。
「大丈夫。もう終わってるから」
わたしは短剣を胸の高さに掲げ、半身に構える。
「カカカカカケケケケケケケケ」
魔物の叫びと共に、何かが潰れるような鈍い音が響いた。
バランスを崩して、巨体が倒れる。
片足が折れて、体の下敷きになっていた。
「ケケケケケケッケケッケケッケケケ」
それでも這うようにこちらに近づいてくる。
だんだんと動きが鈍くなる。
もう、全ての羽根が抜け落ちていた。
「これが終わりだよ」
頭の上にある光の輪を強く廻し、魔力を短剣に集める。
「ケッケケ」
鋭く一歩踏み込み、魔物の頭を魔力を込めた切っ先で貫いた。
しばらく様子を見ていたけど、もうピクリともしない。
もしかしたら刺す前に既に死んでいたのかも。
「キュッ」
イナリの鳴き声を聞いてあたりを見回すと、部屋の壁沿いを飛んでいた黒い鳥の群れが、とつぜんバラバラに飛び回り始めていた。
目の前の魔物の方は特に変わった様子もない。
もしかしたら、こいつからのコントロールが消えてしまったってことなのもしれない。
これはちょっと予想外だ。
「もしかして、けっこうまずいかも……」
アカツキは頭をかばいながら床に伏せていて、ミカヅキは這ったままロクサイに近づこうとしている。
鳥の魔物達は大混乱で、めちゃくちゃに飛び回っては仲間同士でぶつかったりしていた。
「とにかく脱出しないと」
「クルッ」
「いいかげんにしてください!」
バタンという大きな音を立てて横から強引に本が閉じられた。
「皆さん、いつまでこんなところにいるんですか」
そう言って、ハンゲツがわたしの顔を覗き込む。
目の前には扉サイズの本の表紙が見える。
慌てて振り向くと、残り二つの本の前に、アカツキとミカヅキが座り込んでいた。
その横にはロクサイが力なくうずくまっている。
鹿の角はどちらも脱落していて、部屋のどこにも落ちていなかった。
「帰ってこないと思って来てみれば、ずっとこんなところで油を売ってたんですか?」
ハンゲツが呆れたような声で言った。
「助かりました」
「えっと、何がですか?」
わたしの言葉にハンゲツは不思議そうな顔をする。
「ミカヅキさん、アカツキさんも大丈夫ですか?」
とりあえず軽く声を掛けると、アカツキがちょっとぼうっとした顔で振り向いた。
「なあ、今のなんだったんだ?」
「ロクサイが……」
ミカヅキのつぶやきを聞いて、慌ててそちらに向かう。
「ちょっといいですか」
わたしが近寄っても、ロクサイは動かない。
見たところ怪我はしていないみたいだけど、様子がおかしい。
「かなり衰弱してるみたいですね」
ハンゲツがロクサイの体に手を当ててあちこち具合を見ている。
「わたしが何を言っても答えてくれなくて……それどころか、いつもみたいな力のつながりが感じられなくなってて……」
ミカヅキが淡々とした口調で言う。
「とにかく、ここを出ましょう」
わたしの言葉に皆が頷いた。