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領主の娘たちの生活

 間合いを測りながら、機会をうかがう。

 長剣でギリギリ届くか届かないかの距離。

 手足が短いわたしの間合いからは遠く、相手の間合いまでは一歩という距離だ。

 相手の利き手の方に弧を描くように動く。

 これは相手が攻めにくくなる動きだけど、実はここで攻撃を誘っている。

 とにかく間合いの差をなんとかしなくちゃいけない。

 そのために、どうやって離れた状態から距離を稼ぐか。


「はっ!」


 鋭い気合いの発声に合わせて、相手がこちらに突きを繰り出してきた。

 わたしは身体に染みついた歩法で今までと逆方向にステップしながら、右手の短剣を下から巻き付けるようにして、相手の剣を弾く。

 その隙間に滑り込むように利き足で一歩踏み込む。

 相手の踏み込みと自分の踏み込みを合わせて、これでわたしの間合いだ。


「やっ!」


 姿勢を低くして、鋭く斬り上げる。

 相手の脇腹に完全に入った、と思ったけど、素早く身体を引かれて切っ先が空を切る。

 でも体勢は崩した。

 そのまま、もう一歩前に出て、踏み込みの勢いで刀を返す。

 相手の間合いに張り付いたまま、逆方向からの斬り上げ。

 その刃を相手の剣が止める。

 でも、相手はバランスを崩している。

 そのまま、さらに一歩踏み込んで、剣を巻き上げる。

 金属が軋む鈍い音が響いて、相手の剣が宙を舞った。


「そこまで!」


 父様の声が響いて、わたし達は動きを止めた。

 荒くなっていた呼吸をなんとか鎮める。


「いやあ、まいったまいった。カナエは上手くなったね!」


 お姉ちゃんが手を軽く広げて陽気な声を上げた。

 こっちは全く呼吸が乱れていない。


「もしかして、手抜いてる?」


 そう言って睨むと、父様がわたしの頭に手を置いた。


「カナエは考えて動けるようになったな。今までは型どおりの動きしかできなかったのが、本当に上達している」

「そうそう、わたしがカナエの歳の頃はもっと下手だったよ」


 お姉ちゃんはのほほんとそういうけど、父様からマゴット家始まって以来の天才と呼ばれているわけで、下手だったなんてそんなわけはないのだ。

 お姉ちゃんはわたしより五歳ほど上だけど、身長はもう大人と変わらないし、手足も長い。

 平均より小さいわたしは体格の段階でかなりマイナスだ。


「カナエ姉様は森で迷子になった頃から一段強くなったようです」


 小走りで近づいてきた妹のリンドウが驚いたように眼を瞬かせながらそう言った。

 腕の中にはお気に入りの本を抱いている。

 元々あまり身体を動かすのは好きではないようで、訓練は見学だけすることが多い。

 まだ幼いからか、父様もリンドウに稽古をつける気はないようだった。


「最近、ちょっと型の意味がわかってきたんだよね」

「クルッ」


 リンドウの肩の上に乗っていたイナリがわたしの胸に飛び込んできた。

 そのままガシガシと頭の上まで登ってきて、ふんふん鼻を鳴らしながらお姉ちゃんの方を見ている。


「今日はこれで終わりだからね」

「クルッ」


 お姉ちゃんが手袋を外して、指先でイナリの頭を撫でた。

 最初は訓練の度にわたしにしがみついてきて、引き離すのに苦労してたけど、最近はやっと安全だってことがわかったのか、おとなしくリンドウと一緒に見学してくれている。


 あの、迷子になった雪の日から三ヶ月ほど経っていた。

 白い狒々と雪走り達に送ってもらって屋敷に戻ったら、めちゃくちゃ怒られてしまった。

 屋敷の人たちや村の人たちも森を捜し回っていたらしい。

 森の王の御所は普通の人は入れないから、探しても見つからなかったようだけど、とにかく心配させてしまったので、その日は一日みんなに謝って回った。

 父様にしばらく謹慎を命じられて、屋敷でおとなしくして、それでも次の週には森に入れるようになった。

 そこからは定期的に森の王の御所まで足を運んでいる。

 猫の王様にはいろいろ教えてもらっているけど、主に習っているのは魔力の扱いだ。

 この屋敷には魔法を使える人はいないし、そもそも魔法使いなんてお話でしか知らない存在だった。

 だから最初に魔力の扱いについて習うことにした。

 ただ、この家の書庫には魔法に関する本もあるらしい。

 これは読書が趣味の妹のリンドウが教えてくれたことだ。

 ためしに本を一冊、森の王のところに持って行ったけど、初心者用の簡単な本でたいした価値はないと言われてしまった。


 お昼を食べてから、わたしはイナリを連れて森に入った。

 ある程度まで進んだところで、周りに誰もいないことを確認してから指笛を吹く。

 甲高い鳥の声みたいな音が響き渡り、しばらくすると木々の間から白狼が顔を出した。


「今日もお迎えありがとう」


 そう言って、取り置きしておいた干し肉をひと切れ差し出すと、フンフンと匂いを嗅いでからハフハフ云いながらあっという間に平らげてしまった。

 名残惜しげにわたしの手の平を嗅いでくるので、もう持ってないことを確認してもらってから頭を撫でてあげる。

 白狼はわたしの胸に鼻先を押しつけてぶんぶんと尻尾を振っている。

 その力が強くて身体がちょっとバランスを崩しそうになったところで、イナリがキュッと鳴いて白狼を下がらせた。


「じゃあ、案内してくれる?」

「オフ」


 白狼は軽くひと声鳴いて、森の中に分け入っていく。

 わたしとイナリはその後をついて行った。

 聞いた話によると、御所の周りには結界のようなものがあるらしく、普通の人はたどり着けないらしい。

 魔力も漏れ出ないようになっているらしく、御所の中でならメダルを外に出していいと言われている。

 それ以外では、魔力を遮る小袋の中に入れたままにしてある。

 外に出した途端に、あの時のように魔物達を引き寄せるだろうと言われてしまった。

 だからなるべく人目につかないように、肌身離さず持つようにしていた。


 メダルに関する基本方針は触らずにしまい込む方向だけど、どういう扱いにするかは、実は悩んでいる。

 上手い使い方があるんじゃないか、と考えているところだ。

 現状では単なるリスクでしかないけど、これが何かの役に立てば、持っている意味も出てくる。

 イナリがわたしのところに持ってきたということは、何かの役に立つということなんじゃないかと思っているのだ。

 例えば、メダルの裏が出たとしても、何らかの方法でマイナスを回避してしまうとか。

 例えば、願い事をする以外の使い道を見つけるとか。

 たまに森の王にその話をしてみるけど、とても嫌そうな顔で否定されて終わってしまう。

 だから自分だけで考えるしかない。

 試しに考えてみる。

 だったら、メタなお願いをしてみるのはどうだろう。

 今後、メダルの裏が出たとしても、表が出たことにして欲しい、というお願いとか。

 これだったら、最初の一回目で表を出せば、後はリスクを気にせずに使える。

 でも、かなり裏技くさいので、願いを叶えてくれる存在が、この願いを許してくれない可能性がある。

 それが最大のリスクだ。

 だったら、願いを徹底的に限定してみるのはどうだろう。

 何月何日に、これこれこういうことを起こして欲しい、そして、それ以外のことは何も起こさないで欲しい、というような願いだ。

 メダルの裏が出ても、マイナスな出来事を制限するような願い。

 でも、これも同じようなリスクがあった。

 つまり、何よりもまずメダルに関する情報が足らないのだ。

 このメダルのことがもうちょっとわかれば、上手い方法が見つかるような気がする。

 なので、最近は猫の王様に頼んで、御所の書庫を見せてもらって、参考になりそうな本を探しているところだった。


 今日もいつも通りに湖の前までやってきて、カワウソの渡し守に船に乗せてもらい、御所の前まで来たけど、珍しいことに、白い狒々の執事さんにストップをかけられてしまった。


「本日はお客様がいらっしゃっておりますので、お通ししないようにと承っております」


 白い狒々が申し訳なさそうにそう言って頭を下げた。

 わたし以外にお客さんが来ているなんて初めてだ。

 どんな人(動物?)がいるのか興味がわいてきた。


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